今回はスポーツ現場でも特に頻繁に起こる怪我、打撲について書いていきます。
“打撲”と聞くと、そんなに大したことのない怪我や、ほっとけば治るっしょ!というような認識が一般的かと思います。
実際、ほとんどの打撲はほっときゃ治ります。正確には適切な処置とリハビリをすればより早く、より受傷前に近い状態に治すことができますが、打撲が起こると何より痛みが強いのでそこまで大した治療を行うことができない、というのも事実です。
ただ、打撲には2つの種類が存在して、ほとんどの場合はいわゆるほっときゃ治るような打撲ですが、稀に起こるもう一つの打撲はより深刻で、治療にも細心の注意が必要で、扱いを間違えるとさらに深刻な症状を引き起こす原因にもなります。
そこで今回はこの2種類の打撲について理解してもらい、見分け方を知って、どのように対処すれば良いのかを説明します。
>>参考文献はこちら
「The Treatment of Muscle Hematomas」 (2013)
Confortiによる打撲治療のガイドラインです。 * 現在手元にテキストがないのでここに載せることはできませんが、イングランドサッカー協会の講習内容も記事の参考にさせてもらっています。
打撲とは?
そもそも打撲とは、外的な力が身体にかかり、筋繊維が損傷するというものです。骨に対する打撲もありますが、今回は筋肉に対する打撲に絞って書いていきます。
外的な力、例えばサッカーやラグビーでのタックル、野球でいうデッドボールなど外から加えられた力によって筋肉、正確には筋繊維が損傷し、受傷部位周辺にある毛細血管も損傷します。これにより炎症反応が起き、腫れができて痛みが出てきます。
ちなみに、肉離れのように外的な力を受けずに受傷した場合は”打撲”には分類されません。
2種類の打撲
最初にも書きましたが、受傷部位の出血の状態で2種類に分類されます。Intramuscular Haematoma(筋肉内血腫)とIntermuscular Haematoma(筋肉外血腫)です。
少し筋肉の構成の説明をしますが、筋肉は筋繊維というものの束です。そしてこの筋繊維は筋原繊維というものの束からなっています。
少しわかりづらいですが、上の画像にあるように100本の筋原繊維が1つの筋繊維になり、100本の筋繊維が1つの筋肉になる、というような理解をしていただくといいです。正確にはフィラメントという最小単位がありますが、上の説明を理解してくだされば十分です。
このように筋肉は小さい繊維からできていますが、1本1本の繊維は筋膜という膜で覆われていて隣り合う繊維と癒着しないようになっています。筋繊維も筋膜で覆われていますし、1つの大きな筋肉も筋膜で覆われています。例えば大腿部前面には大腿直筋、内側広筋、外側広筋、中間広筋という大腿四頭筋と呼ばれる4つの筋肉がありますが、1つ1つの筋肉は筋膜で覆われているため筋肉と筋肉の間は直接は癒着していません。
これを踏まえた上で、打撲の話に戻ります。先ほども書きましたが、打撲が起こると損傷部位周辺の毛細血管も損傷し出血が起こります。このときに多くの場合では、筋肉とともに筋膜も損傷し、血液が筋膜の外に流れ出ます。これが一般的に多い打撲で筋膜外血腫を伴う打撲です。
一方、稀に起こるケースで筋肉の損傷は起こり、出血も起こるが、筋膜の損傷がなく血液が外に流れ出ずに筋膜内に留まってしまうことがあります。これを筋膜内血腫をともなう打撲と呼びます。
2つの打撲の違い
それでは2種類の打撲の違いを説明していきます。
筋膜外血腫
こちらは筋膜も破れて血液が流れ出すパターンの打撲です。
まず重要なポイントは目に見える腫れ、血腫が受傷直後にみられます。
これは筋膜が破れ血が流れ出すため、血液がすぐに表面(皮膚)に近いところまで届くため写真のように目に見える血腫が起きやすいです。これに伴い腫れ、痛みも24時間以内に確認されます。
血腫は日が経つにつれ受傷部位からだんだんと下に向かって下りていくことが多いですが、これは重力の影響を受けているだけなので、特別に問題はないです。
このパターンでは血液がすぐに流れ出し拡散されるため、流れ出した血液が吸収されやすいので治癒にかかる時間も短いです。
筋膜内血腫
一方、こちらは稀なパターン、筋膜が損傷せず血液が筋膜内に溜まってしまうパターンです。
こちらのパターンも受傷直後から痛みは発生しますが、血が流れ出ないため血腫、腫れはすぐには現れません。これらは受傷から48時間後に出てくると言われています。
右の写真は左足の筋膜内血腫が見られたケースですが、見た目では大きな違いがわかりづらいと思います。この写真は受傷から48時間後に取られたようなので、左足のほうが全体的に腫れていることが確認できます。
筋膜内血腫のケースで最も重要なポイントは筋力の低下がみられることです。筋膜外血腫のパターンでは痛みは強いものの、筋力自体はさほど変わりません。ただ、筋膜内血腫の場合はとても顕著な筋力低下が見られることが多いです。
自分が経験したケースではサッカーの試合中に相手選手と接触して、相手の膝が大腿部に入った選手がいましたが、彼は受傷直後から自力で歩くことができませんでした。本人も受傷した足に力が入らないと繰り返していたことを覚えています。
もう一つは、筋膜内血腫に伴う腫れが出てからその部位を触るととても硬いです。これは血液が内側に溜まってしまっているので、筋肉内の圧が高まっているためです。筋膜外血腫の腫れは触ると弾力があるのを感じることができます。
要点をまとめると、筋膜内血腫が疑われるのは、
*腫れ、血腫が受傷直後に見られない
*腫れが受傷から48時間ほどで現れた
*受傷部位周辺の筋力低下が見られる
*受傷部位を触ると硬い
という場合です。筋膜内血腫を発見できるか、ということが打撲の治療において非常に大切なポイントですので、ここは十分に注意していただけると嬉しいです。
筋膜内血腫から起こり得る最悪の自体
なぜこの2種類の打撲を見分ける必要があるのか?ということを説明していきます。
実は筋膜内血腫を発見できず、その症状に対して筋膜外血腫の治療、リハビリを行うということはMyositis Ossification(骨化性筋炎)という非常に深刻な症状を引き起こすリスクがあります。
骨化性筋炎というのはまだ原因が完全には解明されていない症状です。現状では、筋肉内に溜まった血液に何かしらの刺激が加わると骨化してしまうという理解がされています。
上の写真は大腿部のレントゲン写真ですが、矢印の先に見えるもやもやとした白い部分が骨化した状態です。このように不必要なところに新たな骨ができてしまいます。一度骨化してしまうとその骨を小さくしたり、消したりすることはできないので、ずっと体の中に存在し続けるか、その骨が原因で痛みなどが出る場合は手術で摘出することになります。
繰り返しますが、なぜ骨化が起こるかということはまだ解明されていません。ただ、筋膜内血腫のある部位に対してマッサージ等を行うと骨化を促すと言われているので、打撲直後にマッサージをするということは勧められていません。
現状何が原因で骨化が起こるかわからない以上、筋膜内血腫が発見された時点で、血腫が引くまでは無理な刺激は加えないというのが現在の医療の認識だと思います。ですので、これを一般的な筋膜外血腫と勘違いし、電気療法、マッサージ、運動療法などの治療を行ってしまうと骨化性筋炎を引き起こすトリガーとなってしまうので、この2種類を見分けた上でのマネージメントが重要となります。
【追記:12/15/2017】RICEに「P」を加えた「PRICE(プライス)」と呼ばれる応急処置の方法についての記事「怪我をしたらまずするべき応急処置「PRICE」の方法を伝授!」も書きました。ぜひ読んでみてください。
私は自分のキャリアの中で1度だけこの筋膜内血腫を見たことがあります。そのときは、あまり大きな声では言えませんが、担当のドクターがこれを見分けることができずに、受傷直後から溜まった腫れを注射で抜き、腫れを抑える薬を注射で入れたりと1〜2週間にわたって様々な治療を繰り返し行ってしまいました。
それでもなかなか良くならず、結果、数週間後に選手の受傷部位に骨化が発見されました。完全にドクターのミスですが、そのせいで長くても8週間もあれば治っていた怪我が、32週間かかりその選手は1シーズンを棒に振ることになりました。
みなさんもただの打撲と決めつけず、正確な判断で正しいマネージメントが行えるように気をつけて頂けると幸いです。
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