「脳振盪(脳しんとう)」という言葉。ニュースなどで一度は聞いたことがあるかもしれません。サッカーワールドカップや、アメフトの試合など、コンタクトスポーツに関わったことがある人はおそらく知っているでしょう。
脳振盪は、どんなスポーツでも、男女問わず、子どもからお年寄りまで、誰にでも起こる可能性があります。激しい運動・スポーツ中はもちろんのこと、誰かとぶつかった、どこかに頭を打った、階段から落ちた、といった日常生活の中でも充分起こりえるケガです。
スポーツをする選手自身にはもちろん、スポーツに関わる人(監督・コーチ・部活の顧問の先生・保健の先生・マネージャー・子どもの両親など)にもぜひ知っておいてほしい「脳振盪」について解説していきます。
>>参考文献は以下の通りです。
- National Athletic Trainers’ Association Position Statement: Management of Sport Concussion
NATA(全米アスレティックトレーナー協会)が2014年の3月にリリースした、スポーツ現場における脳しんとうについてまとめられた論文です。 - Consensus statement of concussion in sport: the 4th International Conference on Concussion in Sport
2012年11月にスイスのチューリッヒで行われた「スポーツ現場での脳しんとう」に関する国際学会より。
脳振盪(脳しんとう)は医者でも判断が難しい
脳しんとうは、スポーツ医学の分野の中でも、最も複雑で、診断・評価・管理・ケアが難しいケガの1つと言われています。というのも、レントゲンやMRI・CTのような機械を使っても、ほとんどの脳しんとうは判断することができず、このテストをやって陽性だったら脳しんとうです、とはっきりと判断できるものが現在まだありません。
例えば、骨が折れているかいないかは、レントゲンを撮ることではっきりわかります。捻挫や肉離れといったケガも、MRIを撮ることでわかります。しかし脳しんとうは、脳をCTなどの機械で撮っても、はっきりとはわからないのです。
そのため、アスレティックトレーナーやお医者さんは、どのようにそのケガが起こったか(=ケガのメカニズム)や、その人の症状、筋肉・神経の働きなどを総合的に判断して、脳しんとうであるかそうでないかを判断・チェックするのです。
「脳振盪」はどのように起こるのか
脳しんとうと聞いて思い浮かぶのは、頭を打ったりして、直接頭に衝撃が加わって起きるものかもしれません。ですが、直接でなくても、間接的に脳がすごいスピードで “揺れる” と、脳しんとうが起こります(むち打ちなど)。
脳しんとうは、脳がいつものようにうまく働かなくなり、身体的・精神的な変化が起こることで、様々な症状が体にあらわれます。
ここで1つ注目すべきこと。
脳は20歳くらいまで発達し続けると言われています。よって、19歳以下の若い人の脳はまだ構造的に未熟であり、前頭骨や側頭骨(脳を守る頭の骨)もまだ薄く、首の筋肉もまだ弱いため、より脳しんとうになりやすいということがわかっています。
中学・高校の部活動の指導者は特に気をつける必要がありますね。
脳振盪の症状
脳しんとうになった人には、どのような症状があらわれるのか。参考資料はSCAT5™, Post Concussion Symptom Scale, Graded Symptom Scale Checklistの3つです。
- 意識を失う
- 頭痛
- めまい
- かすみ目(視界が霧がかかったようになる)
- バランスがとれない
- 光(太陽や蛍光灯)を見ると気分が悪くなる
- 騒音で気分が悪くなる
- 何もかもがゆっくりに感じる
- 首の痛み
- 疲労感
- 混乱
- 眠気
- すぐ感情的になる
- 怒りっぽい・短気
- 不安・悲しみ・神経質になる
- 吐き気や嘔吐
- 手・腕・足などのマヒ
- 耳鳴り
- 集中できない
【追記】脳振盪を見極めるツールの1つについて記事を書いたので、こちらもぜひ合わせてご覧ください。「これって脳振盪の症状?脳振盪の疑いがある人を見極めるツールを紹介」
【追記】子供の脳振盪についての記事も書きました。子供の両親や、子供の運動指導・サポートに関わる方はぜひ「子供に脳振盪が疑われた時に使う評価ツール『チャイルドSCAT5』」の記事もお読みください。
「脳しんとう=意識を失うこと」と思っている人もいるかもしれませんが、意識を失う・失わないは、脳振盪の診断をする上で一切関係がありません。
調査によれば、脳振盪になった人で意識を失うのは10%以下と言われており、90%以上の人は、意識は失わずとも脳しんとうの診断を受けています。
頭を強く打ったけど意識がはっきりしてるから大丈夫、ではないのです。上に挙げた症状があらわれていないか、しっかりとチェックしましょう。
脳しんとうが疑われるようなプレーが起きたあと、“1つでも” 上に挙げたような症状が出た場合は、すぐに練習をやめましょう。複数の症状があったり、症状がひどい場合は、すぐに病院に行きましょう。
これらの脳しんとうの症状は、監督・コーチ・マネージャー・子どもの両親など、周りの人たちも知っておくべきです。脳しんとうが疑われるようなプレーがあった場合は、周りの人は上に挙げたような症状が選手にあらわれていないかどうかをチェックし、1つでもあればすぐに練習はやめさせて、病院へ連れて行きましょう。
アスレティックトレーナーをはじめ、監督やコーチ・部活動の顧問の先生は、脳しんとうになったらどんな症状があらわれるのかを選手たちにしっかり伝えましょう。
というのも、脳しんとうについて知識がない選手は、脳しんとうになっていてもそれに気がつかずに練習・プレーを続け、症状を悪化させてしまう(=セカンド・インパクト・シンドローム)ことがあります。
選手たちをサポートする周りの人が、しっかりと脳しんとうの症状について知り、そして選手たちに伝え、脳しんとうの症状が出た場合は正直に申し出るように教育することが、子どもたちを守ることにつながります。
トレーナーの方は、脳しんとうの疑いがあるかどうかを練習中や試合中に現場で迅速にチェックする必要があります。よって脳神経についての知識は必須です!ぜひ「脳神経の機能まとめ|12種類の脳神経の評価方法【トレーナー向け】」の記事もお読みください。
また、1つ注意したいことは、脳しんとうは「進行性のあるケガ」だということ。
もう少し詳しく言うと、頭に強い衝撃を受けた・脳が揺れた後すぐには特に症状がなかった or 軽かったとしても、時間が経つにつれて症状があらわたり、ひどくなる可能性があります。
そのため、激しいコンタクトプレーや衝突があった場合は、その選手たちの様子を注意してみておく必要があります。
脳振盪になってしまったら何をするべき?
脳しんとうになってしまったら、どうすればいいのか。
上でも言った通り、少しでも脳しんとうが疑われる場合は、すぐに今やっている活動・練習はやめましょう。そして、その日はもう運動をしてはいけません。
「直後は脳しんとうの症状があったけど、少し休んだらよくなった」としても、アスレティックトレーナーや医者などの専門家がいいと言わない限り、その日は練習に戻ってはいけません。
なぜ、少しでも脳しんとうが疑われる場合は練習をすぐストップする必要があるのか。それは先ほども出てきましたが「セカンド・インパクト・シンドローム」になることを避けるためです。
セカンド・インパクト・シンドローム
セカンド・インパクト・シンドロームとは、最初の脳しんとうからまだ脳が完全に回復する前に(まだ症状が残っているのに)、2回目の衝撃を脳に与えて、再び脳しんとうになってしまうことをいいます。これをしてしまうと、脳内の腫れが更にひろがってしまい、かなり悪化させることになります。
このセカンド・インパクト・シンドロームは、1回目に受けた衝撃と比べてはるかに弱い衝撃でも起こってしまいます。そして、1回目よりもはるかに症状がひどくなり、回復もかなり遅くなります。
そういう理由で、脳しんとうになってしまったらそれ以上脳に衝撃を与えないように、練習をやめて休む必要があるのです。
脳しんとうになって最初にできる、今考えられているベストなケアは「休むこと」です。身体的にも精神的にも休むことが大切で、疲労を与えるようなことや、頭に衝撃を与えるようなことは絶対に避けましょう。
脳しんとうによる症状が完全になくなるまで運動をしてはいけません。アスレティックトレーナーや病院の医師が運動を開始していいよと言うまでは、休む必要があります。
脳しんとうになってしまった後に気をつけるべきことを、HomeCareプリントとしてPDFにまとめました(参考文献であるNATAポジションステイトメントより、Appendix Aを参考に作成)。
スポーツ指導者や部活動の顧問の先生は、このプリントを印刷して、脳しんとうになってしまった選手やその両親などに渡すと、家に帰ってから何をしてはいけないのか、何に気をつければいいのかがわかって、安心してもらえると思います。
【追記】スポーツ中に起きた脳振盪への対処法について詳しく知りたい方は「【サッカー関係者必読】脳振盪がサッカー競技中に起こった時の対処法」の記事もぜひご覧ください。参考文献が日本サッカー協会によるものなので「サッカー関係者必読」となっていますが、どのスポーツでも参考になるかと思います。
脳振盪からの復帰方法
たとえ症状が完全になくなっても、すぐに練習に復帰してはいけません。まずはアスレティックトレーナーやお医者さんに診てもらい、運動を開始してもいいか確認してください。
運動をはじめてもいいという許可が出たとしても、すぐにフルで練習に復帰するのではなく、徐々に運動強度を上げていきながら、脳しんとうの症状が再びあらわれないかどうか、脳は完全に回復したかどうかをチェックします。
参考文献に紹介されている、脳振盪から復帰までどのように運動強度を上げていくかの例をここで紹介します。(ここで紹介するのはあくまでも例です。診てもらったアスレティックトレーナーや医師の指示に従いましょう)
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- 運動活動なし:症状がなくなるまではここの段階
- 軽い有酸素運動:ウォーキング・ジョギング・エクササイズバイク・スイミングなどを10〜20分
- スポーツ特有の運動:素振りや軽いベースランニング(野球), ドリブルやバス練習(サッカー・バスケなど)
- 3よりも複雑なドリル練習(コンタクトはなし):ドリブル・パスをしながらシュート(サッカー), サーキットトレーニングなど
- フルコンタクト練習:すべての練習に参加
- 復帰
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コンタクトというのは、他人からタックルを受けたり競り合ったりすること。(5)までは、他人と競り合うような練習はしてはいけません。
症状がある間はずっと(1)。症状が完全になくなったら(2)をやってみます(医者やトレーナーにいいと言われるまではやってはいけません。症状がなくなったからといって、専門家の許可なしに運動を開始してはいけません)。
もし(2)の軽い有酸素運動をやっても症状が全く出なかったら、次の日は(3)をやってみる。もし(2)をやってる途中、もしくはやった後に症状が復活してしまったら、次の日は1段階下がって、(1)に戻ります。
(2)をやっても症状が出なくて、すごい調子がいいからといって、同じ日に(3)もやってみる、ということはしてはいけません。1日に1段階ずつです。
このようにして、徐々に運動強度を上げていき、完全復帰を目指します。
ここで1つ大事なこと。患者が若ければ若いほど、脳しんとうになってからの回復に時間がかかります。
特に中学や高校で部活動をやる生徒は、早く練習に復帰したいと言うかもしれませんが、脳が完全に回復する前にまた衝撃を加えてしまうと大変なことになるので、アスレティックトレーナーや専門家が近くにいない指導者の人は、しっかりお医者さんにみてもらうよう薦めると同時に、長い休息期間を与えるようつとめてください。
まとめ
今回の記事は少し長くなってしまったので、最低限覚えておいてほしいことをまとめます。
- 脳しんとうは、脳に直接衝撃が加わったときだけでなく、間接的な衝撃でも、脳がすごい早さで揺れると起きる
- 1つでも脳しんとうの症状が出た場合は、すぐに練習・プレーをやめる
- 脳しんとうかもしれないと思ったら、アスレティックトレーナーに話をするか、病院へ行ってお医者さんに診てもらう
- 脳しんとうは進行性のケガのため、脳しんとうの疑いのある選手にはこまめに声をかけて、症状が悪化していないかどうかチェックする
- セカンドインパクトシンドロームは絶対に避ける
- 脳しんとうになったら、身体的・精神的にしっかり休む
- 脳しんとうになったら、トレーナーやお医者さんがいいと言うまで運動をはじめてはいけない
- 脳しんとうからの復帰は、いきなりフル練習ではなく、徐々に運動強度をあげていく
- 高校生やそれよりも若い選手・患者は、脳しんとうになってから回復まで時間がかかるため、より長い休息期間が必要
脳しんとうについては膨大な量の研究がされていますが、いまだにわからないことも多く、本当に複雑なケガです。
子どもたち・選手たちを守るために、スポーツを支える周りの人は(コンタクトスポーツの指導者は特に)基本的な脳しんとうの知識を持って、少しでも「おかしいな」と感じたら、すぐに病院へ連れて行くことを心がけましょう。
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