学校の課外活動中、部活動中、授業中に何か事故が起きたとき、その学校の教職員は1つのチームとなって、子供たちを守るために全力で対応する必要がありますよね?
学校というのは、人から子供を預かる場所。ここで事故が起きてしまうと、どうしても非難を浴びるのは教職員になってしまいます。
事故が起きないように未然に対策をたてるとともに、万が一事故が起きてしまった時に、教職員がチームとなって迅速かつ適切に行動できるよう準備しておくことは、学校としての義務だと思います。
この記事では、「ASUKAモデル」と呼ばれる学校での事故の予防・対策・処置がまとめられたテキストを参考に、学校関係者が知っておくべき、そしてあらかじめ準備しておくべきことを、ポイント別にまとめました。
>>参考文献はこちらです。
「体育活動時等における事故対応テキスト〜ASUKAモデル〜」
さいたま市のホームページより。映像やDVDもあるので、ぜひそちらもご覧ください。
「コーチングクリニック2018年4月号:必携 応急処置対応マニュアル」
Part1の山本利春先生の記事で「ASUKAモデル」が紹介されています(ちなみにPart2の記事は私が担当しています)。
ASUKAモデルとは?
「ASUKAモデル(アスカモデル)」とは、さいたま市の教育委員会が主導となって作られた、体育活動時における重大な事故を未然に防ぐことや、事故が起きた時に取られるべき処置をまとめた、教員研修のためのテキストです。
これが作られた経緯は、平成23年(2011年)に、さいたま市立小学校に通う6年生の桐田明日香(あすか)さんが、体育の授業で駅伝の練習をしている時に突然倒れてしまい、病院に搬送されましたが次の日に命を落としてしまった、という事故が起きたことによるものです。
この事故に対して、『教員たちの対応は適切であったのか?』『このような緊急事態になったときの行動計画は事前に準備されていたのか?』などを検証するために、多くの医療関係者を含めた検証委員会が設置され、学校で起こりうる様々な事故や緊急事態に対してどう行動し、対応すれば良いのか、が検討されました。
そして、この検証委員会が教員の研修のために作成したのが「体育活動時等における事故対応テキスト=愛称:ASUKAモデル」なのです。
多くの専門家、医療関係者が総力を結集して作ったこのテキストが、誰でも無料で読むことができる。こんなありがたい話はありませんね。
ASUKAモデルから学ぶ、学校関係者が絶対に確認すべき5つのポイント
学校内で起こった突然の事故や緊急事態に対して、冷静に、かつ迅速で適切な行動をとることができるように。さらに、学校として児童・子供たちをしっかりと守るために。
この「ASUKAモデル」を元にして、学校関係者が絶対に知っておくべきであり、あらかじめ準備しておくべき5つのことを、ポイント別にまとめてお伝えします。
1)心肺蘇生法とAEDの使い方は教職員全員必ずマスター
「意識を失う」「心肺が停止する」といった重大な事故が起こった時、救急車(=医療機関)に引き継ぐまでに行う応急処置によって、その人が命を落としてしまうか、命が救われるのかが、ほぼ決まってしまいます。
上のグラフは「ドリンカーの救命曲線」と呼ばれる、呼吸が停止してから何分経つとどれくらいの救命率になるのかを表したグラフです。
これによると、「呼吸なし」の状態になってしまってから10分経ってしまうと、救命率は0%。総務省消防庁の平成29年版救急・救助の現況によれば、119番通報をしてから現場に救急車が到着するのは全国平均で約8〜9分かかると言われています。
つまり、呼吸がない状態の人(=心肺が停止している人)に対して、応急処置を何もせずにただ救急車が来るのを待っていては、救命の可能性は限りなくゼロに近づいてしまうということです。
そして、「心肺停止状態(呼吸なし)」の際に行うべき応急処置というのが「心肺蘇生法(CPR)」と「AED」なのです。
ASUKAモデルによると、体育活動で考えると特に「水泳」や「マラソン(長距離走)」の授業で重大な事故は起きやすいため、学校としてこれらの授業を始める前のタイミングで、全教職員を対象に、AEDの使い方を含めた心肺蘇生法の研修を行うことを勧めています。
AEDの使い方は「AEDの使い方|手順を1から詳しく解説【成人・小児・乳児まとめ】」の記事にまとめました。心肺蘇生法のやり方については、「心肺蘇生法の手順を詳しく解説!大切な人を救えるように」で詳しく説明しています。ぜひお読みください。
「迷ったら」「わからなかったら」心肺蘇生法を開始する
桐田明日香さんの事故は、明日香さんが倒れたときに、現場にいた人たちが「脈がある」「呼吸がある」と判断してしまったことから起きてしまいました(実際には脈も呼吸もなかった)。
なぜ、実際に呼吸をしていなかったのに「呼吸はある」と判断してしまったのか。これは、明日香さんが「死戦期呼吸(=あえぎ呼吸)」をしていたからです。
死戦期呼吸というのは、ゆっくりとあえぐような呼吸のことで、普段とは明らかに違った呼吸の仕方です。
これは、突然心停止になってしまったときに起きる現象で、呼吸をしているように見えるのですが、心停止状態なのです。よって、もし普段とは明らかに違う、ゆっくりとしたあえぐような呼吸をしている場合は、心停止の可能性を疑いましょう。
こちらが、実際の死戦期呼吸の動画です。
また、心停止状態のときに、死戦期呼吸と一緒に現れることがよくあるサインが「けいれん(=身体がピクピクすること)」です。
死戦期呼吸とけいれんが見られる場合は、心停止を疑い、心肺蘇生法を開始するとともに、すぐにAEDを確保し、使用する必要があります。
これは呼吸をしているのか?それとも死戦期呼吸なのか?と判断に迷ったら、すぐに胸骨圧迫を開始してください。
心停止の人に出くわす場面なんてそう滅多にあることではないので、いざその場に立ち会ったときに冷静な判断をすることは誰であってもかなり厳しいです。また、たとえ心停止ではなかったとしても、胸骨圧迫をすることによって大きな問題が起こることはありません。
「迷ったら(心停止かどうかわからなかったら)すぐに胸骨圧迫を開始してAEDを確保・使用する」と覚えておきましょう。
「普通救命講習 I」は3年に1度必ず受講。さらに「応急手当普及員」講習会を積極的に受講するべき
「普通救命講習 I」というのは、消防署などで受けることができる3時間の講習で、心肺蘇生法やAEDの使い方、さらに止血法や異物除去法も学ぶことができます。
ASUKAモデルには、最低でも3年に1度は必ずこの講習を教職員全員受けましょう、と明記されています。
さらに「応急手当普及員」は、この普通救命講習 I を指導できる(=講師となれる)資格のこと。ASUKAモデルには、各学校に最低1人はこの応急手当普及員の資格を持つ人がいるようにしましょう、としています。
児童・生徒・保護者などを対象にした心肺蘇生法の講習会を実施する
教職員はもちろんですが、その学校に通う児童・生徒や、その保護者も含めて、その地域全体で、もし誰かが心肺停止になってしまった時に心肺蘇生法を行うことができるように、学校で講習会を実施できると良いでしょう。
小学生などには、もし倒れている人を見つけた時はすぐに大人に知らせるなど、その時にとるべき行動をきちんと伝えます。
誰が第一発見者になっても、少しでも早く応急処置を開始できるように教育していくことが大切です。
また、講習会を行う際は、心肺蘇生法やAEDの使い方だけでなく、「AEDの設置場所」をしっかりと確認し、伝えましょう。
AEDの使い方がわかっても、いざという時にAEDがどこにあるかわからなければ使うことができませんからね。
2)緊急時対応計画書の作成・見直し・改善の徹底
まず体育教師は、指導する体育の活動中に起こりうるあらゆる緊急事態・怪我・リスクを想定し、それが起きた時にどのように行動するのかを具体的に考えましょう。
そしてそれは考えるだけではなく、実際に書き起こし、文字にして、文書を作成します。これを「緊急時対応計画書(=EAP:Emergency Action Plan)」と言います。
さらには、これを体育だけに留めず、学校内で緊急事態が起きた際(「授業中に突然生徒が倒れた!」「災害が起きた!」など)は、誰がどのように行動するのか?AEDや救急セットはどこにあるのか?救急車はどこから学校内に入ってもらい、どこに駐車し、どう搬送するのか?など、あらゆる状況について考え、しっかりとシミュレーションをし、あらかじめ決められるところは決めておくことで、いざ緊急事態が起こったときにパニックにならず、落ち着いて迅速な対処ができます。
上記したことの詳しい解説も含めて、具体的な緊急時対応計画書の作り方については、「緊急時対応計画(Emergency Action Plan)とは?EAPの書き方を解説!」で詳しく説明しているので、ぜひこちらもご覧ください。
緊急時対応計画は、最低でも1年に1回はリハーサルをする
これはEAPの書き方の記事でも言っていますが、最低1年に1回はその計画書にそって、教職員全員で、実際に行動して確認しましょう。
この対応が本当に最善で最速なのか?より良い方法はないか? 教職員全員の緊急時対応をブラッシュアップするとともに、必要であれば計画書を修正していきましょう。
また、以下に記載していますが、救命用の道具(担架・車椅子・松葉杖など)はリハーサル中に実際に使ってみましょう。
松葉杖や車椅子を一度も使ったことがない、もしくは昔使い方を教えてもらったけど使い方を忘れてしまった、という人は必ずいます。いざという時に使えなかったら全く意味がありません。使い方を覚え、練習しましょう。
近くの病院・医療機関との連携をしっかり
こちらも「EAPの書き方」の記事の中で触れていますが、特に運動会や文化祭といった大きいイベントの前には、事前に近くの救急病院や医療機関とコミュニケーションをとり、何か事故が起きた時の対応方法や搬送方法について話し合っておきましょう。
事前のコミュニケーションによって、いざという時に迅速な対応ができ、命を救うことに繋がります。
3)体育を指導する前に教職員が確認すべき4つのチェックポイント
体育の指導中の緊急事態・重大事故を未然に防ぐために、指導を開始する前に以下のことを毎回必ずチェックしましょう。
【1】天候について
始動前に、天気予報を必ずチェックしましょう。雨や台風、雪、雷など、突然の天候の悪化は重大事故に繋がる危険性があります。
雪が凍って滑りやすくなっている場所はないか?指導場所の近くに雷が落ちそうな場所はないか?気温や湿度が高ければ、熱中症のリスクが上がりますね。
指導中に子供が熱中症になってしまった時の対処の準備はできているでしょうか?
【2】生徒の健康状態について
指導開始前に、指導をするクラスの児童・生徒の健康状態をチェックします。保健調査票などを見て、既往歴や運動制限などがある児童生徒はいないでしょうか?
また、家庭からの連絡帳もチェック。その日体調が悪いとあらかじめわかっていれば、休息を促したり、活動中注意を向けておくことができます。
さらに、指導が始まってからも、児童・生徒の様子はチェックし続けます。
もし指導中に体調が悪くなった子供が出た場合は、その子供を誰が観察するのか?保健室に預けるのか?保健室でなければどこで休ませるのか?夏であれば、涼しい場所はどこだろうか?授業前に、事前に確認しておきましょう。
この「生徒の健康状態」については、指導前だけでなく、指導後もチェックしましょう。
指導前に確認した、健康上の理由で気にかけておくべきだった生徒の体調は大丈夫だっただろうか? もしくは、指導中に体調が悪くなってしまったり、怪我をしてしまった生徒は、今どんな状況だろうか? 家庭に連絡した方が良いのか?保健室でしばらく休ませた方が良いのか?次の授業に出ても大丈夫なのか?
中には、我慢して体育を頑張って受けて、その授業後に体調が悪化してしまう生徒もいます。指導が終わったからといって油断せず、しっかりとフォローアップしましょう。
【3】活動の場や、活動に使う道具は安全か?
指導する活動の場所は安全でしょうか?いつも通り校庭だから大丈夫、とは思わずに、簡単にでもいいので、指導前に校庭をグルっと回るなどして、子供たちが活動する場(=授業をする場所)を見ておきましょう。
走るような活動を行う場合(短距離走・長距離走・走り幅跳びなど)は、そのコースに石や危険物が落ちていたり、何かつまずいてしまいそうなものは落ちていないでしょうか?ハードル走や走り高跳びなど、何か道具を使った指導を行う場合は、その道具が壊れていないかもしっかりとチェックします。
【4】救命キット・応急処置セットはどこにある?補充は必要ない?
AEDの位置を確認しておく、ということは上記しましたが、応急処置には他にも必要な道具があります。以下のようなものは常備しておきましょう。
- 人工呼吸用マスク
- 緊急時対応計画書
- 保温用毛布(ブランケット)
- 担架
- ペンライト
- 記録用の筆記用具
以上はASUKAモデルに記載されていた、応急処置・手当に必要な道具です。次に、この他に私がアスレティックトレーナーとして考えると、これもあったほうがより良いな、と思うものを紹介します。
- スパインボード
- 止血用の包帯・ゴム手袋・ガーゼ・包帯・三角巾
- 大量の氷
- 車椅子・松葉杖
さらに、これらの救命道具や応急処置用キットができたら、これらは常にどこにあるのか(置いておくのか)を教職員全員で共有しましょう。いざという時に、あれってどこに置いてあるんだっけ?となってしまっては、迅速な応急処置とは言えません。
4)重大な事故や緊急事態が発生した時の対応方法を知っておく
いくら気をつけていても、事故が起きてしまうことはあります。これはしょうがないことです。ですが、起きてしまったとしても、迅速に、かつ適切に対応さえすれば、それは重大な事故になることを防ぐことができます。
事故が起きても、それを最小限の被害に抑えるために、対応方法を具体的にお伝えします。
第一発見者になったら?
まずは「意識があるか、ないか」を調べます。声をかけながら肩を叩いたり、身体をつねるなどの刺激を与えて、反応があるかを確認します。
反応がある(=意識がある)のであれば、そのまま経過を観察しましょう。
次に「呼吸があるか、ないか」を調べます。ここで言う呼吸は「普段通りの呼吸」をしているかどうかです(「死戦期呼吸=呼吸なし」と考える)。
「意識がない(もしくはあるかないかわからない)」そして「普段通りの呼吸をしていない(もしくは呼吸をしているのかしていないのかわからない)」という判断になったら、すぐに心肺蘇生法を開始するとともに、応急処置を迅速にするために応援を呼びましょう(応援者については下記)。
意識があったり、呼吸をしている場合は、そのまま(もしくは回復体位にして)経過を観察しましょう。この時も、万が一その後意識がなくなったり、呼吸が止まってしまったりすることを想定して、応援を呼び、AEDの確保をしておきましょう。
心肺蘇生法とは「胸骨圧迫」と「人工呼吸」のこと。意識がなくて、呼吸もなかった場合は、すぐに胸骨圧迫(30回)と人工呼吸(2回)を始めます(=繰り返します)。ですが、もし人工呼吸をすることに自信がなかったりためらわれる場合は、人工呼吸は省略して、胸骨圧迫のみを続けましょう。それでも充分です。そして、AEDが到着したらすぐに装着し、音声による指示に従います。
応援者となったら?
「応援者」とはつまり、第一発見者ではなく、誰かを助けるために後から来た人のこと。よって、すでにいる人たち(第一発見者など)の方が状況を理解しているため、基本的にはその人たちの指示に従いましょう。
もし自分が指揮する立場にある場合(医療従事者・トレーナー・管理職など)は、直ちに状況を聞き出し、迅速にするべき応急処置の指示をします。
もしまだ119番通報をしていなかったり、AEDの確保をしていなければ、指示をしたり、自ら行動を起こしましょう。救急車への搬送ルートの確保や、実際に救急車が来た時の誘導も、応援者が行います。
また、保護者への連絡、周りにいる児童生徒の誘導(=現場から遠ざけたり、教室に戻す)なども、応援者としてやるべきことです。
5)事故が起きてしまった後の対応
事故が起きてしまったら、もう二度と起こさないように、その事故の原因を分析しましょう。
ASUKAモデルには、事故が起きてから遅くても3日以内には、事故に関わった教職員や、それをみていた児童生徒に話を聞くなどして事実確認を行いましょう、としています。
そして、その事実を時系列にして、何が原因だったのか?どうすれば防ぐことができたのか?を分析しましょう。必要であれば専門家も呼んで行います。
また、傷病者の保護者には、整理した事実を正確に伝えるとともに、 今後そのような事故を起こさないよう対策をするために、病院等から得た情報を提供していただくようお願いしましょう。
まとめ
以上が、ASUKAモデルの中でも、絶対に知っておくべき、かつ実際に行うべきポイントになります。
特に難しいことを言っているわけではなく、むしろ言われると当たり前のようなことばかりです。しかしどうしても、まさか自分たちの周りではこんな事故は起こらないだろうと、心のどこかで思ってしまっている人が多いのです。
確かに起こる可能性は低いのかもしれませんが、ゼロではありません。そして1回起きてしまった時に、それが最悪の事態を招いてしまったら、それは取り返しのつかないことになります。
学校の教職員全員で、今一度、起こりうる緊急事態や重大な事故を想定して、緊急時対応計画をたてるとともに、このASUKAモデルを読んで、自分の子供・生徒を守りましょう。
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