「チャイルドSCAT5」とは、ドクターやアスレティックトレーナーなどの専門家(医療従事者)が、「5〜12歳の子供」に起こった脳振盪を評価するために使われるツールです(13歳以上には「SCAT5」を使用します)。
シーズン前にベースライン(=脳が正常な状態の時の点数)を測定しておくことで、いざ脳振盪が疑われた時、再びこのチャイルドSCAT5で測定することで、脳は正常に機能しているのか、それとも脳振盪になってしまったのかを比較することができます。
すべての項目はお伝えしませんが、医療従事者やトレーナー向けに、脳振盪の疑いがあるときにチェックするべき項目を「チャイルドSCAT5」を参考に解説していきます。
「SCAT5」は医療従事者やプロのトレーナーが使うツールです。一般の方・学生トレーナーの方・運動指導者の方が、このツールを使って脳振盪かどうかを判断しようとするのはやめましょう。この記事で紹介することはあくまで「参考」にしていただき、これらの症状・サインが1つでも当てはまったら、すぐに運動はストップして、病院(脳神経外科)に連れていきましょう。
>>今回の参考資料はこちらです。
- Child SCAT5|Sport Concussion Assessment Tool for Children ages 5 to 12 years
2017年に発表されたチャイルドSCATの最新版です(2018.8.30現在)。実際に使用できるのは医療従事者のみとなっていますが、とても参考になる資料です。
脳振盪について最低限知っておくべきこと
脳振盪についての基本的な情報については「脳振盪(のうしんとう)について知っておいてほしいこと」の記事に書いていますので、詳しくはこちらの記事をお読みください。
ここでは、何度繰り返しても足りないくらいの、脳振盪に関する重要なポイントだけまとめます。
- 脳振盪は、直接的には頭に打撃・衝撃が加わらなくても、間接的に脳が早いスピードで「揺れた」ときにも起こることがある(=頭を打っていないから脳振盪ではないとは言えない)
- 脳振盪は、最悪の場合は命を落としてしまうこともある「脳の怪我」である
- 脳振盪が疑われた場合は、速やかに運動をやめ、速やかに病院(脳神経外科)に行って医者に診てもらう
- 19歳以下の若い人の方が、大人よりも脳振盪になりやすく、回復・復帰にも時間がかかる
子供に脳振盪が疑われたら「チャイルドSCAT5」
それでは、チャイルドSCAT5で行う評価を、1から順番にお伝えしていきます。
1)フィールド上での評価(Immediate/On-Field Assessment)
脳振盪の疑いを持ったら、その現場(起きた場所)でまず確認すべきポイントは4つあります。
【ステップ1】危険信号はあるか?
以下の症状・サインが1つでもあったら、それは脳振盪(もしくは脳への重大な損傷)が疑われます。
- 首の痛み
- 複視(物が二重に見えること)
- 腕や脚の筋力低下・刺すような痛み・燃えるような痛み
- かなりひどい頭痛
- けいれん・発作・ひきつけ
- 意識低下・意識を失う
- 嘔吐
- どんどん落ち着かなくなる・イライラしている・攻撃的になる
これらのサイン・症状がフィールド上ですでに見られる場合は、すぐに救急車を呼びましょう。かなりの危険信号であり、重度の脳振盪や、最悪の場合は命の危険もあります。
意識を失っている場合は、心肺蘇生法が必要になることがあります。ぜひ「心肺蘇生法の手順を1から徹底解説|大切な人を救えるように」の記事をお読みください。緊急行動の流れについては「緊急時対応計画(Emergency Action Plan)とは?EAPの書き方を解説!」で解説しています。ぜひこちらの記事も参考にしていただけたらと思います。
【ステップ2】振る舞いのサイン
ステップ1の危険信号がどれも当てはまらない場合は、その人がどんな振る舞いをしているかを確認します。
また、もし自分が(=トレーナーや医療従事者本人が)脳振盪の疑いとなる事故の瞬間や、それが起きて数分の状況を見ていなかった場合は、それを見ていた人を探し、どんな様子だったかを聞きましょう。
以下のサインの1つでも当てはまれば、脳振盪の疑いがあります。
- フィールドに横たわったまま動かない
- うまく歩けない・バランスがとれない・よろよろする・つまずく
- 混乱している・方向感覚がない・質問にうまく答えられない・会話ができない
- うつろな顔つき・焦点が合っていない・ボーッとしている
- 顔面に怪我をしている
【ステップ3】グラスゴー・コーマ・スケール(Glasgow Coma Scale)
チャイルドSCAT5の中には「グラスゴー・コーマ・スケール」と呼ばれる、意識障害のレベルを評価するスケールが用いられています。
「開眼機能」「言語機能」「運動機能」の3種類のレベルを評価し、数値が少なければ少ないほど重症、ということになります。
(A)開眼機能
- 1点:痛み・刺激を与えても目を開かない
- 2点:痛み・刺激を与えたら目を開いた
- 3点:大きい声で強く話しかけたら目を開いた
- 4点:自発的に、もしくは普通の会話で目を開いた
(B)言語機能
- 1点:何も喋らない
- 2点:理解ができない音・声を発している
- 3点:喋ってはいるが、会話が成立しない
- 4点:会話はできるが、混乱している
- 5点:普通に会話ができる
(C)運動機能
- 1点:動かない
- 2点:痛み・刺激に対して体を伸展させる(=除脳姿勢:下写真上)
- 3点:痛み・刺激に対して体を屈曲させる(=除皮質姿勢:下写真下)
- 4点:指への痛み・刺激に対して手を引っ込める
- 5点:痛み・刺激に対して手で払いのける
- 6点:こちらの指示に従って手足を動かすことができる
15点満点であれば正常です。つまり、フィールドに駆けつけた時点で「目が開いている」「動いている(もしくは「動かないで」と言ったら動きを止める」「会話ができる」であれば、このグラスゴー・コーマ・スケールはあえて行う必要はありません。
3点であればすぐに心肺蘇生法、AEDの準備、救急車を呼ぶなどの緊急行動を開始しましょう。
【ステップ4】頚椎の評価
もし脳振盪の疑いがある人の意識がはっきりしていなかったら、頚椎の損傷を疑います。頚椎の損傷が疑われる場合は、頚椎は損傷していないとはっきりするまでは頭、首を動かさないようにしましょう。
頚椎の損傷が疑われる場合は、以下の質問をしてください。
- 首に痛みはありますか?
- 手足の感覚や筋力は普通ですか?
- (もし首に痛みがなければ)自分で首を動かしてみて、しっかり首は動きますか?(可動域が制限されていないか?)
1番は普通に質問をして答えてもらいます。2は、まずは自分で手をグーパーしてもらったり、足のつま先の曲げ伸ばしや、膝の曲げ伸ばしなどを行なってもらい、普通にできるのか、異常があるのかを確認します。
ここまで紹介してきたステップ1、2、3のどれにも当てはまらず、この頚椎損傷の評価の1と2も普通であれば、3を行い、ゆっくり頭や首を動かしてみて、痛みが出るか?しっかりと動かすことができるかを確認しましょう。
2)フィールド外での評価(Off-Field Assessment)
1)のフィールド上ですぐに行うべき評価で、1つでも当てはまれば脳振盪の疑いがあるため、すぐに病院(脳神経外科など)に行きましょう。
もし1つも当てはまらなければ、フィールドの外に出て、できれば静かな場所で、その人が落ち着いた状態になれる場所に行き、以下の評価を行なっていきます。
【ステップ1】その人の基本情報
ここではすべてをリストしていませんが、以下の情報はしっかりと書き留めておきましょう。
- 怪我をした日時
- 過去、脳振盪になったことがあるか?(もしくは脳振盪疑いになったことがあるか)もしあれば、これは何回目か?
- (もし過去に脳振盪になったことがあるなら)一番最近なったのはいつか?
- 一番最近の脳振盪は、復帰にどれくらい時間がかかったか?
- 「頭の怪我」「激しい頭痛・偏頭痛」「学習障害・失読症」「ADHD(注意欠陥多動障害)」「うつ・精神障害」などと診断されたことはあるか?
- 今何か薬を服用しているか?
過去に脳振盪になったことがある場合は、回数を重ねるほど重度になってしまうことが多く、回復にもより時間がかかってしまうことが多いです。
【ステップ2】症状の評価
この症状の評価は、その子・選手が正常の状態のときに一度評価しておきます(=ベースラインの評価)。
ベースラインの評価の際は、そのときの症状を書くのではなく、普段どう感じているかを基準にして評価してもらいましょう。
たまたま前日寝不足であったり、たまたま朝食を食べていない、というのを症状の評価に当てはめることを避けます。
そして、脳振盪の疑いが起きた時に再び同じ症状の評価を行ないます。この時は、この症状の評価を行なっている「その時」に感じている症状をそのまま評価します。そしてこの数値と基準の数値を比較します。
それではここから、評価をする症状をあげていきます(カッコ内は、実際のSCAT5に書かれている英文です)。すべての質問に「0点:まったくない」「1点:少しある・軽度」「2点:結構ある・中度」「3点:かなりある:重度」で答えてもらいましょう。
- 頭痛がある(I have headaches)
- めまいがする(I feel dizzy)
- 部屋が回転しているような感じがする(I feel like the room is spinning)
- 気を失いそうだ(I feel like I’m going to faint)
- モノがぼやけて見える(Things are blurry when I look at them)
- モノが二重に見える(I see double)
- お腹の調子が悪い(I feel sick to my stomach)
- 首が痛い(My neck hurts)
- かなり疲れている(I get tired a lot)
- すぐ疲れる(I get tired easily)
- 周りのことに気を配ることが難しい(I have trouble paying attention)
- すぐに集中力が切れてしまう(I get distracted easily)
- 集中することが難しい(I have a hard time concentrating)
- 誰かに言われたことを覚えておくことが大変である(I have problems remembering what people tell me)
- 指示に従うことが難しい(I have problems following directions)
- 白昼夢をよくみる(I daydream too much)
- 混乱している(I get confused)
- 物忘れをする(I forget things)
- 物事を終わらせることが大変である(I have problems finishing things)
- 物事を理解することが大変である(I have trouble figuring things out)
- 新しいことを学ぶのが難しい(It’s hard for me to learn new things)
ここまで、21個の症状の評価が終わったら、「症状の数(1点以上をつけた症状)」と「すべての点数」を計算します。ベースラインの評価であれば、それらを記録に残しておきます。脳振盪の疑いがあるときに行なったら、ベースラインの点数と比較します。
また、これらの症状を両親にもチェックしてもらいましょう。まだ子供なので、いまいち自分の状態がわかっていない可能性があります。両親から見た子供の症状も、その子のより正確な状態を把握するために重要です。
【ステップ3】認識力のチェック
このステップ3では、「短期記憶」と「集中力」の評価を行います。
短期記憶チェック:5つの単語を反復できるか
短期記憶のチェックでは、5つの単語を子供・選手に伝え、それをしっかり覚えて繰り返すことができるか、という形でテストします。5つの単語は何でも良いのですが、SCAT5で使われている単語をここではいくつか紹介します。
(例1)ろうそく・紙・砂糖・サンドイッチ・ワゴン
(例2)肘・りんご・カーペット・サドル・泡
同じ種類ばかり(食べ物ばかりとか、体の部位ばかりとか)にはならないように、バラバラでなんの統一性もない5つの単語にしましょう。
5つの単語を伝えたら、すぐにその5つを繰り返してもらいます。順番はバラバラでも構いません。5つすべて言えたら5点。3つしか言えなかったら3点。言えた単語1つにつき1点をつけます。
終わったら、これをもう2回ほど繰り返します。つまり、3回挑戦できるということ。同じ5つの単語を再び伝えて、また繰り返してもらいます。
3回行うため、3回ともすべてで5つ単語が言えれば満点の15点。例えば1回目で3点、2回目で4点、3回目で全部言えたら5点、この場合は「3+4+5=12点」ということになります。
もともと記憶することが苦手な子供は、ベースラインテストでも満点を取れないことがあります。
もしベースラインをとっておかないと、いざ脳振盪の疑いがあったときにこの短期記憶テストを行なったとき、脳振盪のせいで覚えることができないのか、もともと苦手なのかがわかりませんよね?よって、このような「記憶力」をチェックする場合は、ベースラインのテストを行なっておくことがとても重要になります。
集中力チェック1:数字を順番を逆にして言えるか
集中力のチェックは、2〜6桁の数字を言って、それを順番を逆にして言うことができるか、というテストを行います。例えば、もし「9、1、5」という3桁の数字を伝えたら、選手は「5、1、9」と言うことができたら合格となります。
このテストは、ベースラインのテスト(=脳が正常な状態のとき)でも6桁をしっかり言うことができる人はあまりいなかったりします。よって、記憶力のテストと同じように、ベースラインでその選手がどれくらいできるかをチェックした上で、脳振盪疑いのときに同じことを行うことで、比較ができます。
テストの際は、2桁、3桁、4桁、5桁、6桁と一桁ずつ増やしていきます。SCAT5に書かれている例をお伝えします。
- 5、2
- 4、9、3
- 3、8、1、4
- 6、2、9、7、1
- 7、1、8、4、6、2
それぞれ、できたら1点、できなかったら0点、全部できたら5点満点です。
集中力チェック2:曜日を逆から言えるか
集中力のテストはもう一種類行います。それが「曜日を日曜日から逆に言えるか」というもの。「日曜日、土曜日、金曜日、、、月曜日」と言えたら1点。どこかの曜日が抜けてしまったり、途中で考えられなくなったりして言えなかったら0点です。
【ステップ4】バランステスト
バランステストでは「BESSテスト(Balance Error Scoring System)」を用います。BESSテストについては、改めてBESSテストの信頼性に関するテストとともに記事に書こうと思うので、ここでは省略します(もしすぐに知りたい方は、グーグルで「BESSテスト」と検索すれば出てきます)。
【ステップ5】遅延想起テスト
最後のチェックテストがこの「遅延想起テスト」です。これは、数分前に行なった「記憶力テスト」で覚えた5つの単語をまだ覚えているか、というテストです。1つ言えたら1点。5つ全部言えれば5点です。
【ステップ6】総合評価
最後に、今まで行なってきたチェックテストの結果をすべてまとめます。そして、ベースラインのスコアと比較しましょう。ベースラインよりも点数が悪ければ脳振盪がより疑われるため、病院へ行きましょう。
ですが、たとえ点数がベースラインと同じか良い点数だったとしても、このチャイルドSCAT5のみの結果で「脳振盪ではないな!大丈夫!」と判断するのは危険です。あくまでも参考にして、他のチェックや、医者の指示をあおいでください。
まとめ
アメリカでは多くのスポーツチームが、脳振盪チェックの判断材料の1つとしてこの「SCAT」を採用しています。「SCAT5」に関してはまだ英語版のみで日本語版がないため、なかなか日本で使うのは難しいかもですが、チェックする項目や症状、具体的なやり方などはとても参考になると思います。
私がアメリカでトレーナー活動をしていた時は「SCAT3」を使っていました。SCAT5にアップデートされ(SCAT4はありません。SCAT3からSCAT5にアップデートされています)、チェック項目が増えていたり、症状の質問の仕方が変わっていたりと、新しい発見が多かったです。
このチャイルドSCAT5だけで脳振盪かどうかを判断するのはとても危険ですが、参考にしていただき、少しでも疑いがあればすぐに病院に連れて行くようにしましょう。
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