軽く胸を叩かれたり、ボールが胸に当たってしまうだけで、運が悪いと心臓が止まってしまうことがあることをご存知ですか?たったそれだけで心臓が止まって死んでしまうなんて嘘みたいな話ですが、本当の話です。これが「心臓震盪(しんぞうしんとう)」と呼ばれる現象で、実際に多くの子供が、この心臓震盪によって亡くなってしまっています。

この心臓震盪は本当に突然起きます。よってこの現象を知らないと、実際起きた時にパニックになってしまい、何も対処ができません。ですがこの現象を知ってさえいれば、冷静に対処さえすれば命を救うことができます。

8〜18歳という若い年代に一番起きやすいと言われているこの心臓震盪。トレーナーや運動指導者など、子供と関わる仕事をされている方が最低限知っておくべきことをお伝えします。


>>今回の参考文献はこちらです。

Korey-stringer-institute-commotioCommotio Cordis|Korey Stringer Institute
「スポーツ中の突然死」に関しての研究では世界でトップクラスと思われるKorey Stringer Instituteのウェブサイトです。

 

nata-commotio-cordis-seminarCommotio Cordis: Sudden Cardiac Death in Athletics|NATA Professional Development Center」 
米国アスレティックトレーナー協会による、心臓震盪に関するウェブセミナーです。

 

commotio-cordis-articleClinical Profile and Spectrum of Commotio Cordis
心臓震盪がどのようなシチュエーションで起きているのか、という研究論文です。

 

commotio-cordis-case-studies当センターにおける心臓震盪3症例|大阪府済生会千里病院千里救命救急センター
日本で起きた3人の方の心臓震盪に関する症例報告です。

 

心臓震盪とは?心臓震盪の定義

心臓震盪とは、「突然の胸への衝撃(=鈍的な打撃)によって起こる心停止」のことです。胸への衝撃(ボールが当たる・胸を打つ・胸を叩かれるなど)によって心臓の動き・リズムが突然変わってしまい、心室細動が起こることによって心停止が引き起こされ、最悪の場合は死に至ってしまいます。

心室細動(しんしつさいどう)とは、「心臓に起こる小刻みな震え」であり、この小刻みな震えは心臓の機能不全を引き起こします。心臓が働かなくなってしまうため、脳や臓器に酸素や血液が送られなくなってしまいます。

心臓震盪を引き起こす3つの要素・メカニズム

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「突然の胸への衝撃」が起きたからといって、必ず心臓震盪を引き起こすわけではありません。以下の3つの要素が偶然にも重なってしまった時に、心臓震盪は起こります。

  • 小さめのものが胸に突然当たる(例:野球ボール・ラクロスボール・ホッケーのパック・拳など)
  • 衝撃が起こるタイミング(上グラフ参照)
  • 当たった場所が心臓の真ん中

つまり、ほぼ一定のリズムで動いている心臓の電気システムの「あるタイミング(=0.02秒の間; 上グラフ参照)」で、「心臓のど真ん中」に「小さめのものがドンッと当たる」ことで、その衝撃によって心室細動が起こってしまい、心停止につながってしまいます。

ちなみに、3つの要素の1番最初に挙げた「小さめのもの」は、「人が胸を叩く」といったことも含みます。例えば、空手や柔道などでは、手・拳で胸をパンチすることがありますね。たまたま「0.02秒しかないタイミング」で、たまたま「心臓のど真ん中」の「小さいエリアに鈍い衝撃」が加わってしまうと、それがパンチであっても、ただふざけて叩いただけだったとしても、ちょっと体が相手の胸に当たってしまったというだけだったとしても、心停止を引き起こしてしまう可能性があるのです。

心臓震盪が起きてしまったケースの例

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それでは、実際にどのような状況で心臓震盪が起きてしまったのかを見てみましょう。過去に起きた心臓震盪の事故をいくつか例として挙げてみます(ケース1〜3はアメリカでの事故、ケース4〜6は日本での事故です)。

【ケース1】15歳男子

ある日の野球の試合でバントを試みたところ、ボールが胸に当たり、倒れて意識を失う。そのまま急性の心停止で死亡。

【ケース2】18歳男性

アイスホッケーの試合中にパックが胸に当たり、それが心停止を引き起こして、そのまま死亡。

【ケース3】22歳男性

大学4年生のラクロス選手。試合中にボールが直接胸に当たった後そのまま意識を失い、心停止で死亡。

【ケース4】18歳男性

フットサルの練習中に、キーパーが投げたサッカーボールを胸でトラップしたところ突然倒れ、そのまま心肺停止。迅速にAEDが使用されたため除細動がうまくいき、心肺蘇生を続けたことで心肺停止から6分後に心拍が再開。

【ケース5】27歳男性

柔道の試合中、相手ともつれたまま前方に倒れ、地面に胸を強打したことで心肺停止に。こちらのケースも迅速にAEDの使用と心肺蘇生法が行われたため、心肺停止から8分後に心拍が再開。

【ケース6】41歳男性

日本拳法の練習中に胸部に打撲を受け、しりもちをついて倒れたあと反応がなくなり、そのまま心肺停止に。蘇生処置が行われ、心肺停止17分後に心拍が再開。

心臓震盪が起こるとき、何かが胸に当たる強さ・スピードは関係がない

上記した6つのケースを見てもらうと、すべて状況は異なりますが、「胸に打撃・衝撃が加わった」ことは共通しています。ですが、「フットサルのキーパーが投げたボールを胸トラップして倒れた」ことからもわかるように、サッカーボールくらいの比較的大きめのボールであったり、投げたボールというそこまで強くない、スピードも早くないものでも、「胸に当たるタイミング」と「心臓の真ん中」という条件がたまたま重なってしまうと、心臓震盪を引き起こしてしまいます。

心臓震盪が一番起きるスポーツは「野球」

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どのスポーツで心臓震盪がよく起きてしまっているのかを見てみると、2002年という少し古い研究ではありますが、87人の心臓震盪のうち約6割が野球で(=野球ボールが胸に当たって)起きています。次に多いのがソフトボール。続いてアイスホッケーのパックが当たって、ということです。上記した6つケースの1つは「サッカーボール」という比較的大きめのものでしたが、「小さめのもの」が胸に当たったことで心臓震盪を引き起こしてしまうことが圧倒的に多いです。

心臓震盪のリスクが高いのは「8〜18歳の健康な男性」

心臓震盪による突然の心停止の90%は「18歳以下」で起きています。Korey Stringer Instituteによると、「投射物を使ったスポーツを行なっている健康な8〜18歳」が一番心臓震盪になるリスクが高い、としています。

年齢もそうですが、「健康な」というのも心臓震盪が怖い理由の1つですね。Maronらによる研究によれば、心臓震盪になった人は誰も心臓(心血管系)に問題・病気は抱えていなかったということです。いたって健康な人に突然起こってしまうため、心臓震盪についてその場に居合わせた人が誰も知らない場合、何が起こったのかわからずパニック状態となり、応急処置が遅れてしまうことで命を落としてしまうケースが多いように思います。

8〜18歳という年代が一番心臓震盪になりやすい理由としては、大人になると心臓を守る筋肉や脂肪が増えるため、心室細動を起こすほどの衝撃が心臓に加わらなくなる、ということが示されていました。ですが、上記したケースを見ていただくとわかりますが、19歳以上の人でも心臓震盪になってしまったケースは報告されています。特にケース5の柔道選手や、ケース6の日本拳法をされていた方は、心臓震盪が起きた日以外でも日常的に胸への衝撃・打撃は受けていたにも関わらず、しんぞうしんとうになってしまいました。よって、「心臓震盪を起こしやすい人の特徴」というものが何かあるのではないか?と現在研究が進められています(まだ明らかにはなっていないようです)。

また、年代関係なく、心臓震盪になった人の90%以上は「男性」というデータもあります。8〜18歳の男性に運動・スポーツ(特にボールなどを使った競技)を指導する方は、ぜひ心臓震盪に関する知識と応急処置を覚えておいてほしいです。

心臓震盪が起きてしまったらどうする?

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何かが胸に当たったあと突然動かなくなったり、数秒よろよろ歩いてからバタッと倒れて意識がなくなったりした場合は、心臓震盪が疑われます。そんなときは、一刻も早く心肺蘇生法を開始するとともに、1秒でも早くAEDを使用して除細動を行う必要があります。

心臓震盪の対処法として最も重要なのは「1分でも1秒でも早くAEDを使って心室細動を取り除くこと」です。研究によれば、AEDを1分以内に使用できれば蘇生率は90%以上ということ。逆に、1分遅れるごとに蘇生率は10%ずつ下がってしまいます。

もしあなたが「8〜18歳の健康な男性」に「運動・スポーツ(特に球技やコンタクトスポーツ)」を指導する立場、もしくはサポートする人の場合は、もしその場所にAEDがまだない場合はぜひとも購入していただけたらと思います。持ち運びができるAEDをチームで1つ購入するということもオススメです。私がアメリカでトレーナーとして活動していたときは、どこで練習をするにも、どこに遠征に行くにも、必ずAEDを持ち歩いていました。

あくまで参考にですが、AED専門店 AEDコムなどを利用すると、比較的安く購入ができるようです。もし普段の練習場所の近くにAEDがない、毎週試合でいろんな場所に行く、などといった場合は、ぜひ一度購入をご検討いただけたらと思います。「AEDさえあれば」「もっと早くAEDが使えていれば」救える命は、本当にたくさんあります。

心肺蘇生法のやり方については「心肺蘇生法の手順を1から徹底解説!大切な人を救えるように」の記事でかなり詳しく解説しています。AEDの使い方についても「AEDの使い方|手順を1から詳しく解説【成人・小児・乳児まとめ】」の記事にまとめています。どちらも渾身の記事なので、ぜひ読んでいただけたらと思います。

心臓震盪を予防するためにできること

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心臓震盪が起きないようにあらかじめできる予防の方法と、いざ起きてしまった時に迅速に対応できるよう準備しておくべきことを最後に紹介していきます。

1)心肺蘇生法のやり方とAEDの使い方は絶対にマスター

上記していますが、何よりもまずこれが重要です。心臓震盪は “たまたま” が重なって起きてしまうものなので、予防していても起きてしまうことはあります。よって、起きてしまった時に迅速に対処できるように準備しておくことが大切です。そして、迅速な対処とは何かと言えば、心肺蘇生法とAEDの使用です。

よって、運動・スポーツの指導者や、周りでサポートする方、保護者などはぜひ、私の記事「心肺蘇生法の手順を1から徹底解説!大切な人を救えるように」を読んでいただくとともに、日本赤十字社の講習会などを受けていただけたらと思います。

2)AEDがどこにあるかを必ず把握しておく

学校で運動や練習・試合などを行う場合は、必ずAEDが学校のどこにあるかを、顧問・指導者はもちろん、生徒全員も知っておく必要があります。1つしかない場合はその場所を、もし複数のAEDがある場合は、普段の練習場所から一番近い場所はどこかを共有しておき、誰でもすぐに取りにこれるようにしておきます。

試合などの遠征に行く場合は、必ず指導者が、その場所から一番近いAEDの場所を把握し、チームのみんなで共有しましょう(もしくは購入したものを必ず遠征場所に持っていく)。

学校やスポーツチームなどは、万が一緊急事態が起こった時にどう行動するか、という緊急時対応計画を事前に作っておくべきです。詳しくは「緊急時対応計画(Emergency Action Plan)とは?EAPの書き方を解説!」の記事をお読みください。

3)心臓震盪のサイン・症状を周りの人は知っておく

心臓震盪というのは、本当に前触れなく突然やってきます。「胸に何かが当たったあと、数秒よろよろしてその場に倒れ、意識・反応がなくなった」というのが、心臓震盪のサインです。誰か1人でも、できるだけ早く(もしかして、心臓震盪!?)と疑うことができれば、迅速な対応ができます。

タイトルで強調しましたが、「8〜18歳男子」と関わる仕事をされている方はぜひこの知識を周りの人と共有して欲しいと思います。

4)防具は選手の身体サイズに合ったものを使う

一番心臓震盪が起きているスポーツの「野球」であれば、キャッチャーの防具はとても大切です。ピッチャーの投げるボールを何十球、何百球と受けるとともに、バッターのファールチップなどで打ったボールが直接飛んでくることもあります。よって、キャッチャーは毎回必ず防具を身につける、ということは大前提ですが、自分の身体のサイズに合ったものを身につけることが重要です。サイズが合っていなければ、身体をしっかりと守ってくれません。

少年野球などでは、チームに1セットしかキャッチャーの防具がなく、それを何人かで交代で使っているチームも多いと思います。身体のサイズが同じくらいであれば問題はないですが、もし身体の大きさが違う場合は、ぜひその子に合ったサイズのものをチームは用意してあげてください。

心臓震盪の予防という点だけではなく、多くの怪我の予防という観点からも、「身体のサイズに合った防具を使用する」というのはとても大切です。

5)アスレティックトレーナー・医療従事者を現場に呼ぶ

普段の練習で毎回というのはさすがに難しいと思いますが、大きい大会や多くに子供達が集まるイベントなどを運営する場合は、ぜひその場にアスレティックトレーナーや医療従事者などを呼んでいただけたらと思います。専門家が一人でもいることで、心臓震盪に限らず、何か怪我や事故が起きた場合に迅速な対応をすることができます。運営する側としても安心ですよね。

まとめ

心臓震盪についてまとめてみました。健康な人に起こることが多いだけに、何が起こったのかわからずパニックになりがちです。ぜひ、子供と関わる仕事をされている方が周りにいらっしゃいましたら、この情報を共有していただけたらと思います。

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