「脳振盪(のうしんとう)」と診断された人の90%以上の人は、意識をまったく失っていないということをご存知でしょうか? 脳振盪の診断をする上で、意識を失ったかどうかは全く関係がありません。

意識のあるなしでその選手の状態を判断するのは非常に危険であり、「意識があるから大丈夫」ではないのです。

今回の参考資料は「日本サッカー協会(JFA)」が発表している指針のため、サッカー現場でトレーナーとして活動している方は100%知っておかなければならない情報となります。

また、サッカーを指導する監督やコーチ、チームを支えるマネージャー、サッカーをする子供を持つ親、さらにはサッカーをする選手自身にも、ぜひ知っておいてほしい情報です。

サッカーに関わるすべての人が少しでも脳振盪についての知識を持っているだけで、脳振盪による重大な事故は防ぐことができるのです。


>>今回の参考資料はこちらです。

  1. サッカーにおける脳振盪に対する指針|JFA.jp
    日本サッカー協会が2014年に発表した、サッカーをしているすべての人に向けた「脳振盪に対する指針」です。
  2. 競技中、選手に脳振盪の疑いが生じた場合の対応【サッカー日本代表・Jリーグ対象】|JFA.jp
    同じく日本サッカー協会による、脳振盪への対応を紹介したものです。サッカー日本代表、Jリーグ対象となっていますが、参考になる資料です。
  3. National Athletic Trainers’ Association Position Statement: Management of Sport Concussion
    米国アスレティックトレーナー協会による「脳振盪」に関するポジションステイトメントです。トレーナーは全員必読の論文です。

サッカーのプレー中に脳振盪が起こるメカニズム

 

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脳振盪が起こるメカニズムは、大きく分けて2種類あります。

1)頭を打つ

頭に直接衝撃が加わること(=「頭部外傷」と言ったりもします)で、脳振盪になってしまうことがあります。脳振盪と聞いてまず思い浮かべるのは、こちらのメカニズムだと思います。

サッカーのプレー中だと、ヘディングをしようとした際に、誰かの頭・手や腕・膝などにぶつかってしまうことがあるでしょう。相手からタックルを受けた時に頭を打ってしまったり、転んだ際に頭を打つこともあるかもしれません。

サッカーのプレー中には、様々なシチュエーションで頭を打つ可能性が考えられますね。

2)脳が揺れる

ボクシングや交通事故のむち打ちなどを想像していただくとイメージがわきやすいかもしれません。頭には直接衝撃を受けていなくても、顔や体に思いっきり打撃や衝撃を受けることで、間接的に「脳が揺れる(=早いスピードで脳が動く)」と、脳振盪が起きてしまうことがあります。

サッカーでも、体にものすごい速さでタックルを受けた時や、スライディングが深く入って転んでしまった際など、脳がものすごい速さで揺れるシチュエーションもたくさんあります。

サッカーのプレー中に脳振盪が疑われたら?

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上記したようなメカニズムのプレーが起きてしまったら、まずは以下の項目チェックから始めましょう。

1)バイタルサインのチェック

バイタルサインとは「生命兆候」という意味です。特に脳振盪が疑われるようなプレー後は、以下の3つのバイタルサインをチェックしましょう。

  • 意識があるかどうか
  • 呼吸をしているかどうか
  • 脈はあるかどうか

この3つのすべてがない場合は「心停止」なので、すぐに一次救命処置を行う必要があります。一次救命処置については「心肺蘇生法の手順を1から徹底解説!大切なひとを救えるように」をお読みください。

さらに、AEDの使い方について「AEDの使い方|手順を1から詳しく解説【成人・小児・乳児まとめ】」の記事で詳しく解説しましたので、こちらもぜひ読んでいただけたらと思います。

「呼吸」と「脈」があることが確認できたら、担架などを使って、まずはグラウンド・ピッチの外の安全な場所に運びましょう。

脳振盪が疑われるようなプレーが起きた時は、首(頸部)の怪我も一緒に疑う必要があるため、首をしっかりと固定して、動かさないようにしてから、注意しながら運びましょう。

2)脳振盪のサイン・症状をチェック

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日本サッカー協会による参考資料では、日本語訳された「Pocket Scat2(日本臨床スポーツ医学会によって一部改変)」が、脳振盪であるかどうかのチェックツールとして紹介されていますが、これは医療従事者やプロのトレーナーによって使われるべきツールです。

もしあなたが医療従事者・トレーナーであれば、ぜひこちらをダウンロードして、脳振盪の判別に利用していただけたらと思います。

もしあなたが医療従事者ではない場合(指導者・マネージャー・学生トレーナー・親など)は、「ポケット脳振盪認識ツール(Pocket Concussion Recognition Tool)」を利用すると良いでしょう。

こちらは、医療従事者ではない人向けに作られたものです。以前の私の記事「これって脳振盪の症状?脳振盪の疑いがある人を見極めるツールを紹介」をぜひご覧ください。

この記事では、ポケット脳振盪認識ツールを日本語に訳しながら、あらゆる脳振盪の症状・サインを紹介しています(「ポケット脳振盪認識ツール」自体もこの記事からダウンロードすることができます)。

脳振盪の症状・サインが1つでも当てはまったら、すぐに練習・試合に参加することはやめさせましょう。たとえすぐに症状が回復したとしても、その日に運動を行わせてはいけません(医療従事者により許可が下りた場合を除く)。

3)脳振盪が疑われた場合の対処法

上記したように、1つでも脳振盪の症状やサインが現れていたら、運動はただちにストップし、サイドラインや休憩場所などで休みます。もし医療従事者やトレーナーがいれば診てもらい、そのまま休息を続ければ良いか、すぐに病院に行くべきか、判断を仰ぎましょう。

くれぐれも、医療従事者ではない人が「これは脳振盪だ」もしくは「これは脳振盪ではない」と診断・判断をするのはやめましょう。少しでもその人の様子がおかしいなと感じたり、脳振盪の症状・サインが1つでも当てはまったら、すぐにプレーはやめさせて、病院に連れて行って、ドクターに診てもらいましょう。

脳振盪の疑いを引き起こすプレーがあった後、少しでも意識を失った瞬間があった場合、もしくはそのプレーをあまりはっきりと覚えていない、といった状況の場合は、その後すぐに回復して症状が落ち着いていたとしても、必ず病院に連れて行きます。

4)脳振盪になりそうなプレーが起きてから24時間は特に注意する

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脳振盪になってしまった場合によく現れる症状である「頭痛」「吐き気」「嘔吐」などは、たとえそのプレー直後には現れなかったとしても、時間が経つに連れて現れてくることがよくあります

よって指導者は、サッカーのプレー中に頭を打ったり、脳が速く揺れるような出来事が起きて、でも脳振盪のサイン・症状がすぐに現れなかったとしても、その選手を継続して注意しておく必要があります。

また、指導者やトレーナーは、脳振盪になってもおかしくないようなプレーが起きたら、たとえプレー直後に脳振盪のサイン・症状がなかったとしても、その選手の両親や兄弟、その選手の家の近くに住んでいる友達などに、注意して観察しておくことを伝えましょう。

練習・試合を終えて、家に着いた頃に頭が痛くなってきたり、気持ち悪くなってきたり、クラクラしてくる、などといった脳振盪の症状が現れたら、すぐに病院に連れて行くよう(もしくは選手自身に病院に行くよう)に指導しましょう。

5)脳振盪になった後の復帰は、少しずつ運動強度を上げてから

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脳振盪と診断されて、数日〜数週間休養して、ドクターから「運動を始めていいよ」と言われたとしても、すぐに試合に出たり、強度の高い運動をいきなり始めてはいけません。

まずは軽い短時間の運動をしてみて、その後に脳振盪の症状が出てこないかを確認します。症状が出てこないことを確認したら、強度を上げた運動をして、また症状が出てこないかを確認します。

これを繰り返してから、本格的な練習や試合への復帰となります。

それでは、具体的にどのように段階的に運動強度を上げていけばいいのか、脳振盪からの復帰のための6段階プログラムを紹介します。

【ステージ1】完全休息

脳振盪と診断されたら、お医者さんから「動き始めていいよ」と言われるまではステージ1となり、運動は禁止です。普通に日常生活を送りながら、脳と身体を休ませます。

【ステージ2】軽い有酸素運動

完全に脳振盪に関連した症状やサインがなくなり、お医者さんによって「動き始めていいよ」という許可が下りたら、まずは軽い有酸素運動から始めます。

「軽い」というのはどれくらいの強度かと言うと、「最大心拍数の70%以下の強度」と示されています。この強度は、米国アスレティックトレーナー協会が発表している脳振盪に関する論文でも同じように示されています。

その人の最大心拍数は「220-年齢」で求めます。もしその選手が18歳であれば、220から18を引くと202なので、その選手の最大心拍数は202である、と推測されます。

これの70%以下の強度でこのステージ2の運動は行われるべきなので、「202 × 0.7=141.4」となり、1分間の心拍数が141よりも多くならないような強度で有酸素運動を行いましょう、ということになります。

特に「何分」行うという表記はないのですが、「歩行(もしくは少し早歩き)」「水泳」「エアロバイク」などを10〜20分ほど行えば良いと思います。あまり長くやるのはやめましょう。

このステージ2の軽い有酸素運動をしている最中に脳振盪の症状(頭痛・吐き気・クラクラするなど)が現れたら、すぐに運動はストップしましょう。まだ脳や身体は脳振盪から完全に回復をしていない、というサインです。

お医者さんに「軽い有酸素運動をしたら頭が痛くなりました」などとちゃんと伝え、判断を仰ぎましょう。

基本的には、脳振盪の症状が出た場合は、最低24時間は休み、1つ前のステージに戻ります。つまり、ステージ2の軽い有酸素運動の最中、もしくは運動後に脳振盪の症状が現れたら、ステージ1に戻る=医者の許可が出るまで運動を開始してはいけない、ということになります。 

【ステージ3】スポーツ特有の運動(他人との接触は避ける)

ステージ2の軽い有酸素運動を行ったら24時間休息の時間をとります。この間は運動を行ってはいけません。この24時間の休息中に脳振盪の症状がまったく現れなかったら、ステージ3に進みます。

ステージ3では、スポーツで行う動きをステージ2よりも少し強度を上げて行います。サッカーの場合は「軽いジョギング・ランニング」「自分一人でのドリブル練習(対人はNG)」「リフティング」など、一人で行える練習で、サッカー特有の軽い運動を行います。

時間の長さは、ステージ2よりは長めに行っても良いですが、30分前後が良いでしょう。上記しましたが、運動中に脳振盪の症状が現れたらすぐに運動はストップ。ステージ3の運動後も、24時間は休息の時間です。

【ステージ4】接触なしの複雑な運動 & ウエイトトレーニング

ステージ3を行ってから24時間何も症状が出なかった場合に限り、ステージ4に進みます。ここでもまだ接触プレーは避けますが、相手をおいてのスポーツの練習を行います。サッカーで言うと「パス練習」「相手を前においてのシュート練習(接触はNG)」などですかね。

あとは、普段ウエイトトレーニング(筋トレ)などをしている選手・チームの場合は、このステージ4からウエイトトレーニングを開始しても大丈夫です。

いきなり高負荷で行うのはもちろん避けますが、軽い重量でその選手が慣れているトレーニングを数種目行わせましょう。

【ステージ5】接触プレーを含めた練習

何度も何度も言っていますが、ステージ間は必ず24時間以上の休息を挟み、脳振盪の症状が出ないかを確認します。出なかった場合のみ、次のステージに進みます。

ステージ5では、いよいよ通常のサッカー練習を行います。

トレーナーや指導者は、あらかじめチームメンバーにこの選手の状況について伝え、違う色のビブスなどをその選手に身につけさせて誰でも一目でわかるようにして、激しいタックルなどはその選手には行わないように指示します。ですが、軽い接触プレーはこのステージまで来たら問題ありません。

「ヘディング」などの頭を使ったプレーも始めます。もし練習中に脳振盪の症状が出てきたらすぐにやめて休みましょう。

【ステージ6】完全復帰

ステージ5での通常練習を無事に症状なしで終えて、その後の24時間でも症状がまったく出てこなければ、完全に復帰となります。お医者さんに経過を伝え、必要ならば診察を受けましょう。

ここまで段階的に強度を上げていき、症状がまったく出なければ、脳や身体は脳振盪から完全に回復したと考えられるため、試合への参加もオッケーとなります(医師の判断は必ず仰ぎます)。

まとめ

脳振盪が起きてしまった時の対処法について解説してきました。今回は、参考にした資料が日本サッカー協会によるものだったため「サッカー」をテーマにしましたが、基本的な脳振盪への対応はどのスポーツでも一緒です。

一番大切なのは「脳振盪かも?」と選手自身、もしくは周りの誰かが疑うこと、気づくことです。ちょっと頭痛いけどすぐに治るだろう、とか、ちょっと気持ち悪いから少し休んですぐ練習に復帰しよう、というのは、もしそれが脳振盪の症状であればとても危険です。

現場で気づかなければ、病院に連れていってお医者さんの意見を聞くこともできません。「最初に疑う人・気づく人」に指導者や周りの人はなれるように、そして選手たちを脳振盪や重大な怪我から守りましょう。

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