「世界の60〜85%の人は、人生で1回は腰痛を経験する」ことをご存知でしょうか?あなたも人生のどこかのタイミングで(なんか腰が痛いな〜)という経験をしたことはありませんか?
腰痛の原因を見つけ出すことができるトレーナー、腰痛の原因を解決できるトレーナーは、現代の日本でかなり重宝されます。あなたがもし今(もしくはこれから)トレーナーとして活動している・いくのであれば、腰痛の患者と出会うことは避けられません。
今回は、先日「その腰痛はどこから来るの?ATCが教える腰痛の原因究明術」と題して、GAP(Golden Age Project)主催の勉強会で講義をさせていただいたときの内容をざっくりまとめながら、私が普段どのようにして腰痛の原因を見つけていくのか?また、原因を解決するための対策として、私がよく行う4つのプロセスをお伝えしていきます。
Golden Age Projectとはどんな団体なのかが気になる方は、ぜひ「Golden Age Project公式ブログ」をご覧ください。今回の講義の様子は、GAPブログの方でもまとめてくれています。
>>この講義をする上で参考にした文献はこちらです。
「NASM Essentials of Corrective Exercise Training」
アメリカのNational Academy of Sports Medicine(NASM)という団体が出している資格、NASM-CES(Corrective Exercise Specialist)のための教科書です。私は2013年にこの資格を取得しました。
「ムーブメント|Grey Cook」
Gray Cookによって書かれた有名な本ですね。FMSやSFMAなど、動きを評価することについて詳細に書かれています。私が持っているのは英語版ですが、日本語版もありますよ。
腰痛の原因を探す上で私が大切にしている2つの考え方
私がアスレティックトレーナーとして、腰痛に限らず身体の痛みや凝り、または怪我の原因を探すときに、常に頭に置いている考え方が2つあります。その2つを紹介します。
1)Joint By Joint Theory(ジョイント・バイ・ジョイントセオリー)
肩 | Mobility(可動性) |
肩甲骨 | Stability(安定性) |
胸椎 | Mobility(可動性) |
腰椎 | Stability(安定性) |
股関節 | Mobility(可動性) |
膝 | Stability(安定性) |
足関節 | Mobility(可動性) |
この理論は、Michael Boyle(以下Mike)によって書かれた「Advances in Functional Training」という本の中で紹介されたものです。簡単に言うと「各関節は、安定性を与える関節か、可動性を与える関節かのどちらかに分かれる」というもの。さらに、「安定性を与える関節と可動性を与える関節は交互に現れる」というのも特徴です。
それぞれの関節には特定の役割があり、その役割をきちんとできるようなトレーニングを行わなければいけない、とMikeは言っています。
また、参考にした「Movement」の中には、こんな一文が載っています。
Problems at one joint usually show up as pain in the joint above or below.(一つの関節での問題は「痛み」として、その上か下の関節に現れる)
腰痛で考えると、腰の下にある「股関節」か、腰の上にある「胸椎」に問題があり、その結果として「痛み」が腰に現れている可能性があるということになります。
もう少し詳しく言うと、股関節と胸椎はともにモビリティー関節(=よく動くべき関節)ですが、もしこれらの関節があまり動かなくなってしまうと、その動きを補うために、スタビリティー関節(=安定性を与えるべき関節)が動かざるを得なくなり、結果動きすぎて痛みが出る、ということが起きるのです。
今回の講義では、このJoint By Joint Theoryの考えを下に、「胸椎」と「股関節」のモビリティーに注目しました。股関節に関しては、私が普段行なっている股関節のモビリティーをチェックする評価方法を紹介し、その後参加者の皆さんにやってもらいました。
2)Length-Tension Relationships(長さ張力関係曲線)
Length-Tension Relationships(長さ張力関係曲線)とは、簡単に言うと「筋肉の長さによって発揮できる力が変わる」というもの。上の図がその曲線です。英語ですが、横軸が「筋肉の長さ」を表し、縦軸が「筋力」を表しています。
この曲線が示しているのは、筋肉はニュートラルな長さのときに100%の力を発揮することができる(=曲線の真ん中のピンク色になっている部分)、というものです。ニュートラルの長さよりも短くなればなるほど(=Decreased Length)、または長くなればなるほど(=Increased Length)、発揮できる力は弱くなってしまう、というのがこの考え方です。
普段よく使っている筋肉は、短くなる傾向があります。逆に、普段あまり使っていない筋肉は、長くなる傾向にあります。
今回の講義では、「短くなってしまっている筋肉(=普段使いすぎの筋肉)」と「長くなってしまっている筋肉(=普段サボりがちな筋肉)」を見つけるために、私が普段行なっている評価の方法を紹介し、そのあと実技で参加者同士、評価をし合ってもらいました。
これら2つの考え方を下にして、私が普段使っている評価方法で腰痛の原因を見つけ出す練習を参加者の皆さんにはしてもらいました。その後、その原因を解決するための方法を紹介していきました。
腰痛の原因を解決するための対策には4つのプロセスを利用する
NASM Essentials of Corrective Exercise Trainingを参考に筆者作成
腰痛に限らずですが、身体の痛み・凝り・怪我などに対して私が行うケア・対策、さらに運動前のウォームアップでも、基本的にはこの4つのプロセスを行っていきます。
【1】ほぐす(Inhibitory Techniques)
「使いすぎの筋肉」「短くなってしまっている筋肉」をほぐすことから始めます。ほぐし方は特に指定はありません。私が職場でジム利用者にお伝えしているほぐす方法は、「フォームローラー」「マッサージボール」「ストレッチポール」などを利用する方法。セルフで筋肉をゴリゴリとほぐしてもらっています。
腰痛の原因はもちろん一人一人違うので一概には言えませんが、Joint By Jointセオリーで考えると、胸椎と股関節が固くて動かなくなってしまい、でも日常生活や運動で動かさなければならなくなった時に、あまり動かない腰椎を無理に動かしたことによって腰に痛みが出た、というケースが多いです。
よって今回は「胸椎周り」と「股関節」をツールでほぐす方法をいくつか紹介します。
左写真はマッサージボールで腸腰筋をほぐしている様子。骨盤の前側の出っ張っている骨のすぐ横にボールを当てて、徐々に体重をかけていきます。結構痛いのでゆっくりやりましょう。
右写真はフォームローラーで大腿筋膜張筋をほぐしている様子。大腿筋膜張筋は使いすぎになりやすい筋肉なので、腰痛持ちの方だけではなく、股関節の付け根に痛みがある人もぜひほぐしていただきたい筋肉です。
続いてハムストリングと内転筋群。左写真はマッサージボールでハムストリングをほぐしている様子です。外側、内側ともにしっかりほぐしましょう。
右写真は内転筋群をほぐしている様子。内転筋群が働きすぎて短くなってしまうと、逆の動きである股関節の外転(=脚を外側に開く動き)をする臀筋群が働きにくくなってしまいます。「臀筋群の活性化」は、腰痛改善のキーポイントだと私は思っていて、それを効果的に行うためには、内転筋群の長さがニュートラルである必要があります。
最後は胸椎周り。左はまずフォームローラーで背中全体をほぐしている様子です。頭の後ろに手を組んで、両肘を近づけて顔の前に持ってくると、肩甲骨が外側に移動するため、より胸椎周りをほぐすことができます。
右の写真はちょっと見えづらいのですが、肩甲骨の間あたりに「ダブルマッサージボール」と呼ばれるボールが2つくっついたようなツールを置いています。
間の凹んでる部分にちょうど背骨(胸椎)がくるようにセットし、その上に仰向けになります。腰が反りすぎないように軽く腹筋に力を入れながら、両手を前ならえのようにして天井に向けて上げ、片手ずつ床に下ろしていきます。
「ほぐす」パートで使用した「フォームローラー(TRIGGER POINT)」「マッサージボール(TRIGGER POINT)」「ダブルマッサージボール(TRIGGER POINT)」は、身体のあらゆる部位をほぐすのにとても適しています。私は個人的にこの「TRIGGER POINT(トリガーポイント)」というブランドが好きで使っています。興味のある方はぜひ。
【2】伸ばす(Lengthening Techniques)
ほぐした後は、伸ばします。これはつまりストレッチをするということ。これも特にやり方に指定はありません。セルフのストレッチでも、パートナーストレッチでも、他のやり方でも。「短くなっている筋肉(=使いすぎの筋肉)」をほぐしたら、その筋肉を伸ばして、長さをニュートラルに戻していきます。
左写真は腸腰筋のストレッチ。腹筋に軽く力を入れて骨盤を若干後傾させ、その骨盤の位置をキープしながら少しだけ前足の方に体重を移動していきます。骨盤を後傾させることで、少しの体重移動で股関節前側にストレッチを感じることができると思います。
右写真は大腿筋膜張筋のストレッチ方法。腸腰筋のストレッチと同じように片膝立ちになったら、膝を支点にして後ろ足を45度内側に。その足の位置をキープしたまま、骨盤をまず正面に向け、その後少し後傾させ、ゆっくり前側に体重移動。これでも充分に大腿筋膜張筋は伸びますが、腕を上げて横に倒すとさらにストレッチさせることができます。
股関節の伸展(=脚を後ろ側に引く動き)の可動域は10〜15度と言われています(日本整形外科学会・日本リハビリテーション医学会より)。よって、横から見たときに股関節が15度以上伸展しているように見えるときは、それは腰椎の伸展もしています。腰椎の伸展は過度にさせると腰を痛める原因にもなるので気をつけましょう。
続いて、左写真はハムストリングのストレッチ。膝裏を両手で持って、胸に引きつけます。胸に引きつけた状態をキープしながら、ゆっくり膝を伸ばしていきます。伸ばせるところまでで大丈夫です。もも裏が伸びてくるはずです。もし膝を胸に引きつけたときに腰に痛みが出る場合は、このストレッチはやらないようにしましょう。
右写真は胸椎を回旋させながら、胸を開くストレッチです。床側の手で膝を押さえて浮かないようにすることで、より上半身をしっかりと回旋させることができます。
【3】活性化させる(Activation Techniques)
【1】と【2】は、短くなっている筋肉を元の長さに戻すための方法でした。次は逆に長くなっている筋肉(=サボっている筋肉)を、簡単なエクササイズで収縮させて、元の長さに戻していきます。
ここでは、複数の筋肉や関節を使った複雑なエクササイズではなく、サボり気味の筋肉をピンポイントに狙うようなシンプルなエクササイズを行なって、活性化させていきます。
これは私の経験も含みますが、腰痛を持つ人の多くが、臀筋をうまく使えていません。もちろんチェックをした上ですが、臀筋が使えていない場合に、私が臀筋群を活性化させるためにやってもらうエクササイズをいくつか紹介します。
左写真は「クラムシェル」というエクササイズ。横向きで膝をパカパカさせるエクササイズです。骨盤が後ろに倒れないように立てた状態で行うのがポイント。膝は無理に上げようとせず、しっかりとお尻を使って上がるところまで上げれば充分です。
右はミニバンドを使った「ヒップリフト」というエクササイズ。ミニバンドを使わなくてもお尻に効きますが、使った方がより臀筋を使えるようになります。膝から肩までが一直線になるようにお尻を上げましょう。
こちらの2つは主に「中臀筋」を活性化させるエクササイズ。
左写真は、壁から5〜10センチくらい離れたところで横向きになります。かかとを壁につけて、少しだけつま先を天井側に向けた状態で、壁を少しかかとで押しながら、スライドさせるように上げ下げします。しっかりとお尻で壁を押します。腰が反らないように注意しましょう。
右写真はミニバンドを使って横に歩くエクササイズ。身体をまっすぐにキープした状態で行います。
私はこの「活性化する」というプロセスで「ミニバンド(SKLZ)」をよく使います。色によって強度が変わるため、様々な部位を活性化するのに役立ちます。保管スペースもとらず、持ち運びも便利で、どこにでも持って行って使うことができるので、ぜひトレーナーや選手は持っておくと便利だと思います。私個人的にはSKLZ(スキルズ)のミニバンドが好きなので、もしご興味があればリンクをご覧ください(Amazonページに飛びます)。
【4】統合する(Integration Techniques)
短くなった筋肉をほぐして伸ばしてニュートラルに戻し、長くなった筋肉を収縮させてニュートラルに戻し、身体のバランスが整ったところで、複数の関節・筋肉を使った複雑なエクササイズ〜レジスタンストレーニング〜実際のスポーツの動きを行なっていきます。
スクワットなどの両足で行うもの、インバーテッド・ハムストリングのような片足で行うもの、さらには走ったり、跳んだり、自分のやるスポーツの動き、とだんだんステップアップしていきます。
以上、この4つのステップを、運動前・トレーニング前・スポーツの練習前に準備体操(ウォームアップ)として行うことで、身体が整えられた状態で運動・スポーツを行うことができるため、怪我の予防やパフォーマンスアップに繋がります。ぜひ、参考にしていただけたらと思います。
まとめ
講義でお話ししたほんの一部をここでは紹介しました。
腰痛は世界中の人が経験するもの。にもかかわらず、これをやれば治る!という確立した治療法はありません。なぜかと言えば、腰の痛みを引き起こす原因はたくさんあり、人によって異なるため。
腰に現在痛みがある人や、腰に痛みを抱える選手・患者・クライアントを持つトレーナーや治療家さんの参考に少しでもなったら幸いです。
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