膝蓋大腿疼痛症候群(Patellofemoral Pain Syndrome:PFPS)とは、膝の前側(膝のお皿周り)に痛みがあるけれど、特に骨・軟骨・筋肉・腱などには損傷がない、といった場合に診断されることが多い怪我です。
年齢が若くて、普段よく運動をしている人にむしろ起こることが多く、また、男性よりも女性に起こることが多いと言われています。
今回は、この膝蓋大腿疼痛症候群になってしまうリスクファクター(=原因となる得るもの)と治療法、さらにおすすめのリハビリトレーニングを、米国アスレティックトレーナー協会によってつい先日発表された最新の論文を参考にして、まとめました。
>>今回の参考文献はこちらです。
- National Athletic Trainers’ Association Position Statement: Management of Individuals With Patellofemoral Pain
膝蓋大腿疼痛を持つ人のマネージメントについてまとめられた、2018年9月発表の最新ポジションステイトメントです。
膝蓋大腿疼痛症候群はまだわかっていないことが多い
今回の論文を読んでみると、非常に多くのセクションで「引き続き研究が必要だ」「もっと多くの検証が求められる」といった文章が並んでいます。ある研究者は、膝蓋大腿疼痛症候群は「整形外科界のブラックホール」である、と言ったそうです。
膝蓋大腿疼痛症候群は、1つの原因によって生まれるものではなく、様々な要素が混じり合って引き起こす怪我であり、これが原因で、これをやっておけば予防に効果的である、というものがいまだにわかっていない怪我・症状なのです。
エビデンスレベルについて
米国アスレティックトレーナー協会のポジションステイトメントには、必ず各要素について「エビデンスレベル」が示されています。各エビデンスレベルは、以下のように分類されます。
- エビデンスレベルA:強い科学的根拠がある。絶対にやるべき
- エビデンスレベルB:中程度の科学的根拠。できるならやるべき
- エビデンスレベルC:いくつかの科学的根拠はある。やってみる価値はある
以下、エビデンスレベルとともに、膝蓋大腿疼痛症候群のリスクファクター(原因になる得るもの)とおすすめのリハビリトレーニングを紹介していきます。
膝蓋大腿疼痛症候群のリスクファクター
上記しましたが、この怪我/症候群のリスクファクター(=原因となり得るもの)はまだはっきりと理解されていません。そんな現状を理解した上で、現時点で考えられている、膝蓋大腿疼痛症候群になってしまう可能性のあるリスクファクターは以下の通りです。
1)運動中に膝が内側に入る|エビデンスレベルB
歩いているとき、ジョギングやランニングをしているとき、またはジャンプした後の着地時などに、「股関節の内転」と「股関節の内旋」という動作を何度もしていると、膝蓋大腿疼痛症候群になってしまうことがあります。
股関節の内転&内旋というのは、つまり簡単に言うと「内また」のような動きのこと。歩いたり走ったりしている際、足を地面についたときに膝が内側に入ってしまうクセを持っている人(特に女性に多い)は、記事後半で紹介しているようなエクササイズを行なって、内またになるクセを直すことで、膝蓋大腿疼痛症候群を含めた膝の怪我を予防することができます。
股関節外転・外旋・伸展の筋力の弱さは「原因」ではない
トレーナーの方であれば、ここまで聞くと、動いているときに股関節が内転&内旋してしまうということは、股関節を外転させる筋肉や、外旋させる筋肉が弱いからなんじゃないか、と感じるかもしれません。
ですが今回の参考文献では、「股関節の外転・外旋・さらには伸展の筋力が弱い」というのは、膝蓋大腿疼痛症候群になるリスクファクターではないだろう(エビデンスレベルB)、と示しています。
というのも、多くの研究者の今の見解は、膝蓋大腿疼痛症候群となって膝に痛みが出ることで、股関節外転・外旋・伸展をする筋肉(主に臀筋群)の活動が低下して筋力が弱くなっている、と示しています。
つまり「膝に痛みが出たから臀筋群が活動しなくなった」という順番であり、「臀筋群が弱いから膝に痛みが出た(=膝蓋大腿疼痛症候群になった)」わけではない、としています。
よって、膝蓋大腿疼痛症候群になってしまった人がリハビリとして臀筋群のエクササイズを行うことで、膝の痛みが軽減し、機能が回復していく、ということは研究で明らかになっていますが、臀筋群をしっかりと鍛えたからといって、膝蓋大腿疼痛症候群になることを予防できるかは、まだ研究で証明されていません。
2)大腿四頭筋の筋力の弱さ・柔軟性の低下|エビデンスレベルB
大腿四頭筋の筋力が弱いことや柔軟性の低下は、膝蓋大腿疼痛症候群に導く可能性がある(=原因となり得る)、と示されています。
下肢の筋肉の柔軟性の低下も原因になる可能性はあり
こちらも1)の臀筋群と同じなのですが、膝蓋大腿疼痛症候群になった人を調べてみると、大腿四頭筋の他に、腸脛靱帯、ハムストリングス、下腿三頭筋(ふくらはぎ)の柔軟性の低下が見られたようです。
ですが、これらの筋肉の柔軟性の低下が原因で膝蓋大腿疼痛症候群になってしまうかどうかは、はっきりとわかっていません。
3)ランニング時に「かかと外側」と「第2・3中足骨」で強く着地|エビデンスレベルB
初心者ランナーで膝蓋大腿疼痛症候群になった人たちを調べてみたところ、走るとき(歩くときでも)にかかとの外側から強く足を着いたり、第2・第3中足骨(=足の人差し指と中指沿いにある中足部の骨)に負荷が強くかかる着地の仕方をしていた、ということが明らかになったようです。
膝蓋大腿疼痛症候群は手術?保存療法?
膝蓋大腿疼痛症候群については、基本的には「保存治療」となります。
よほど、膝蓋骨(=膝のお皿)が不安定であったり、数ヶ月しっかりとリハビリをしても全然症状が改善しない(もしくは悪化した)、といった場合にのみ、手術による治療が考えられるべきである、としています。
膝蓋大腿疼痛症候群のおすすめリハビリ・トレーニング
手術を行わずに保存で治療・リハビリを進めていくことになった場合は、特に以下の3つのポイントを意識しながらリハビリ・トレーニングを行なっていきましょう。
1)大腿四頭筋・臀筋群の筋力トレーニング|エビデンスレベルA
「エビデンスレベルA」とされているため、膝蓋大腿疼痛症候群と診断された選手や患者さんのリハビリメニューには必ず大腿四頭筋と臀筋群の筋力トレーニングを組み込むべきです。
さらに加えて、その選手・患者さんに、この怪我になってしまった原因やリハビリの重要性、リハビリ期間などについてしっかりと伝えて教育することも大切です。
なぜなら、この膝蓋大腿疼痛症候群は一度治っても再発率が非常に高いため(70〜90%もの人が再発を経験している)、治ったからといってリハビリ・トレーニングをやめずに、継続していくことが大切になります。
今回の参考文献で紹介されているおすすめの大腿四頭筋(A〜D)と臀筋群(E〜G)トレーニングを紹介します。
A)ストレートレッグレイズ(Straight-leg Raises)
大腿四頭筋のエクササイズ・リハビリとしてとても有名なものです。リハビリを始めてすぐは10回を2〜3セット。リハビリが進むにつれて徐々に回数を増やして、20回を3セットくらいまで行います。
その後、もしあれば足首に巻けるウエイト(アンクルウエイト)を巻いた状態で行うのも良いですね。
- 仰向けになって、頭・首はリラックス(枕などを利用しても良い)
- 片膝は立てて安定させ、持ち上げる側の足首は背屈(=つま先をすねの方に持ち上げた状態)させる
- 前ももにしっかりと力を入れた状態で45度ほど持ち上げて、下ろす
- 1〜2秒かけて持ち上げ、1秒静止し、1〜2秒かけて下ろしていく
ちなみに、下リンクのようなものが「アンクルウエイト」です。ちょっとしたリハビリでは使えるツールかと思います。別になくてもいいですが(笑)、チームに1セットくらいはあっても良いかもしれないですね。
B)ターミナル・ニー・エクステンション(Terminal Knee Extension)
参考文献では立位のみ紹介されていますが、リハビリを始めたての人や、膝にだいぶ痛みがある人は、まずは座位のターミナル・ニー・エクステンションから始めると良いと思います。
ストレートレッグレイズと同じように、最初は10回を2〜3セットから。徐々に回数を増やしていきます。
- 長座の状態になり、タオルなどをアキレス腱の下に置いて、軽く膝〜下腿を地面から浮かせる
- 膝裏を地面に向かって押し付けるようにして、前ももに力を入れて膝を伸展位(伸ばした状態)にする
- 2秒ほど力を入れた状態を保ったらリラックス。これを続ける
座位でしっかり膝が伸びるようになったら、立位で行います。痛みがなければ、下動画のようにチューブを利用すると良いですね。
- チューブを膝の高さでどこかに引っ掛ける(もしくは誰かに持ってもらう)
- 膝のお皿のすぐ上にチューブをつける
- チューブをつけた脚を少しだけ後ろに下げ、軽く膝を曲げる。かかとを少しだけ地面から浮かせる
- かかとを地面に押し付けるようにして、膝を伸ばしてチューブを後ろに引っ張る
- 1秒ほどキープしたら、ゆっくり膝を曲げてリラックス
上で、アンクルウエイトは別になくても良いと言いましたが、こちらのセラバンドは私もよく使うトレーニングツールの1つで、あると便利だと思います。
下リンクは5.5メートルのものなので、チームで1つ購入したり、何人かで割り勘で購入して、切って何本かにして使うと良いと思います。
C)ミニスクワット(Mini-squats)
その名の通り、スクワットのミニバージョンです。深く膝を曲げていくのは痛みがある可能性があるので、最初は軽く膝を曲げる程度のスクワットから始めます。
少し膝を曲げるだけでも、しっかり大腿四頭筋が活性化されます。
- 足は肩幅かやや肩幅よりも広めに立つ
- 膝があまり前方に動きすぎないように、お尻を後ろに引きながらゆっくり膝を曲げる
- 0〜30度ほど膝を曲げたら、ゆっくり立ち上がる
- 痛みがないのであれば、徐々に膝を曲げる角度を深くしていく
くれぐれも「痛みがない範囲」で行なってください。痛みが出ると脳が「痛い」と反応して、膝周りの筋肉・腱を拘縮させたり(=膝を守るために周囲の筋肉を固くして動かなくする)、腫れが出てしまったりします。
スクワットの正しいフォームについては「正しいスクワットのやり方を徹底分析|確認すべき12のポイント」で解説しています。
D)レッグプレス(Seated Leg Press)
もしジムやリハビリ施設にトレーニングマシンがあるなら、レッグプレスマシンを使って負荷をかけるのも良いですね。
必ずドクターの許可を得てから行い、くれぐれも痛みのない範囲で行いましょう。最初は膝0〜30度ほどのみ曲げて行い、徐々に膝を曲げる角度を増やしていきます。
- レッグプレスマシンに座り、両足は肩幅におく(つま先はまっすぐ)
- ゆっくり膝を曲げていく。膝が内側に入らないように注意
- 両足全体で押すようにして膝を伸ばす。勢いよく膝を伸ばさないようにする
一気に押して膝が伸びきると、膝の関節を傷める可能性があります。しっかり押すことは大切ですが、膝を勢いよく伸ばすのはやめましょう。
E)クラムシェル(Cramshell/Side-lying combined Hip abduction-external rotation)
とても有名なエクササイズです。「貝」のように膝をパカパカします。どこでもできる効果的な臀筋エクササイズです。10〜20回ずつを2〜3セット行いましょう。
- 横向きで寝て、手で頭を支えて頭・首はリラックスさせる
- 股関節は60度くらい、膝と足首は90度にする
- 動画では両足は離れていますが、動きがよくわからないという人は、両足のかかとはくっつけたまま膝をパカパカしてもオッケーです(動画のようにやってももちろんオッケーです)
- 天井側のお尻上部を使っていることを意識しましょう。
「ミニバンドトレーニングおすすめ10選|自宅で筋トレならこれです」では、ミニバンドを使ったクラムシェルを紹介しています。ミニバンドを使うと自宅で効果的なエクササイズを行うことができます。ぜひこちらもご覧になってください。
F)サイドライイング・ヒップアブダクション(Side-lying Hip Abduction)
「お尻の筋肉を鍛えるトレーニング5選【科学的根拠・エビデンスつき】」の記事でも紹介した、とても良いお尻トレーニングです。
動画では使ってないですが、タオルをかかとの下に挟んで行うことで、壁を軽く押しながらでもスライドさせやすくなります。左右10回ずつを2〜3セット行いましょう。
- 壁から身体を10cmくらい離した場所に横向きに寝る
- かかとと壁の間にタオルを置いて、タオルが落ちないようにかかとで押さえる(股関節伸展位になる。腰を反らさないように注意)
- つま先を少しだけ天井に向ける(上動画ではつま先は地面側を向いていますが、逆に天井側を向かせることで、より中臀筋を使えるようになります)
- かかとで壁を少し押しながら、かかとをスライドさせて天井側へ持ち上げる
- あまり高く上げる必要はなく、動画くらい上げたらゆっくり元の位置に戻す(壁は常にかかとで押しながら)
G)スタンディング・ヒップアブダクション(Standing Hip Abduction)
F)で紹介したエクササイズの立位バージョンです。ミニバンドも加えるため、強度はかなり上がります。動画の彼女のように、脚を横に動かすときに身体はまっすぐの状態をキープすることが大切です。
ミニバンドを使用する場合は、一番強度が弱いもので行います。左右8〜10回ずつ、2セット行えれば良いでしょう。
- ミニバンドを足首の高さにつけて、どこかに手を置いて支える
- 身体をまっすぐにキープしながら、片足を外側に広げる
- お尻の横側(=中臀筋)をしっかり意識する
2)体幹トレーニング|エビデンスレベルA
こちらもエビデンスレベルAとなります。つまり、膝蓋大腿疼痛症候群である人のリハビリ・トレーニングには、上記した「大腿四頭筋」「臀筋群」のトレーニングとともに、必ず体幹トレーニングも含める必要があります。
具体的に体幹部のどこの筋肉かというと、「腹斜筋」「腹直筋」「腹横筋」「脊柱起立筋」「多裂筋」が文献には明記されています。
参考文献に記載されているおすすめ体幹トレーニングを3つ紹介します。
H)プローンプランク(Prone Planks)
このトレーニングは「前十字靭帯(ACL)損傷のリハビリ・予防エクササイズ20選」でも紹介しています。膝の怪我に対しては体幹トレーニングが重要になるということですね。ぜひウォームアップやウエイトトレーニング内などで行なってください。
- 腕は肩幅で肘をつき、両足は拳一個分くらい空けた状態にする
- 頭からかかとまでが一直線になるようにキープ(20〜30秒くらい)
I)サイドプランク(Side Planks)
H)プローンプランクのサイドバージョンです。プローンプランクとセットで行うと良いでしょう。
- 肘を肩〜わきの真下に置き、両足は揃える
- 肘で地面を押すようにして身体を持ち上げ、肘〜前腕と足で身体を支える
- 逆の腕は天井に向かって伸ばす
- 頭から足までを一直線にキープする(15〜30秒くらい)
腹筋・体幹トレーニングについては、他の記事でも紹介しています。「腹筋おすすめトレーニング5選|家でもできます【科学的根拠つき】」「バランスボールを使った体幹トレーニング5選【上級者向け】」もぜひご覧ください。
3)動きのクセを直すような「動きの再教育トレーニング」|エビデンスレベルA
リスクファクターにも出てきましたが、動きのクセとして「股関節内転&内旋(=膝が内側に入る; 内また)」が起こってしまう選手・患者さんには、臀筋群・大腿四頭筋・体幹部、と個々の部位の筋トレだけを行うのではなく、身体全体を動かすようなトレーニングや、走る、跳ぶといった実践的な動作の中で膝が内側に入らないように「動きの再教育」をしていく必要があります。
「スクワット」「片脚スクワット」「ジャンプ」「ジャンプからの着地」「ランニング」などの動きをトレーナーや専門家に診てもらったり、ビデオを撮影して自分で見るなどして、正しい動き(=怪我のリスクが低い動き&パフォーマンスが上がる動き)を身体に覚えさせていくことが大切です。
まとめ
膝の怪我を予防するためには膝周りを鍛える。腰痛を予防するためには背筋・腰周りを鍛える。と、多くの人・選手は思っています。ですが、身体というのはそんなに単純なものではありません。
股関節がうまく働いていないから膝に負担がかかったり、呼吸の仕方が悪いから肩や腰が痛くなったりと、他の部位や他の動きが痛みや怪我の原因になっていることがとても多いです。
ぜひ今回紹介したトレーニングを活用していただき、膝の怪我を予防、もしくは早期復帰に役立てていただけたらと思います。
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