スポーツをしている人の誰もが、怪我はしたくないと思っているでしょう。そんな怪我の中でも、手術が必要なほどの大きな怪我は、何が何でも避けたいところだと思います。
スポーツ中によく起こってしまう、手術を要する怪我の代表的なものが「膝の前十字靭帯損傷・断裂」です。「手術〜リハビリ〜復帰」までに6〜8ヶ月ほどかかる前十字靭帯の怪我をしてしまうと、1シーズンを棒に振らざるを得なくなります。
よって、この怪我になることを防ぐために、普段のトレーニングの中に予防トレーニングを含むことを強く推奨します。
今回は、2018年に米国アスレティックトレーナー協会から発表された最新の科学的根拠・エビデンスをもとにして、前十字靭帯の損傷・断裂を予防するために、普段のトレーニングの中に取り入れるべきトレーニングを厳選して20個紹介します。
前十字靭帯の手術を受けた後のリハビリのエクササイズとしてもオススメのものばかりなので、ぜひ参考にしていただけたらと思います。
>>参考文献はこちらです。
- National Athletic Trainers’ Association Position Statement: Prevention of Anterior Cruciate Ligament Injury
2018年2月に発表になった、最新の前十字靭帯の損傷予防についてまとめられた研究論文です。アスレティックトレーナーは全員必読です。
前十字靭帯(ACL)を損傷するリスクの高い人とは?
特に前十字靭帯の損傷・断裂(膝の怪我)をしてしまうリスクが高い人は、以下のような人たちです。
- ジャンプを多くするスポーツする人
- 切り返し(=カッティング/Cutting)を多くするスポーツをする人
- 男性(運動愛好家・一般の男性)
- 女性(高校・大学で高いレベルでスポーツをする女性)
- 過去に前十字靭帯の損傷・断裂をしたことがある人
これらに複数当てはまる人は、特に注意が必要です。ぜひ以下で紹介するエクササイズを、あなたのトレーニング(ウォームアップやトレーニングメニュー内など)に組み込んでいただけたらと思います。
ジャンプや切り返しを多くするスポーツとは具体的に言うと、アメフト・ラグビー・バスケットボール・バレーボール・サッカー・バドミントン・ラクロスなど。
高校生、大学生の女子で、高いレベルでバスケットボール、バレーボール、サッカーなどをやっている人はかなりリスクが高いと言えるでしょう。
前十字靭帯(ACL)を損傷・断裂するメカニズム
なぜ上記したような人たちが、前十字靭帯を損傷してしまうリスクが高いのでしょうか? それは、前十字靭帯を損傷・断裂してしまうメカニズムにあります。
アメフト、ラグビーといったスポーツの名前を聞くと、激しいタックルを受けて靭帯が切れてしまうという想像をする人が多いのですが、前十字靭帯損傷・断裂をした人の多くは、直接的に膝にタックルなどの打撃を受けたわけではなく、膝には一切打撃のない「ノンコンタクト(=Non-contact)」もしくは「関節的なコンタクト(=Indirect contact)」によるものである、ということが研究によって明らかになっています。
以下の動画は、サッカー中に前十字靭帯を断裂してしまったシーンです。誰かからタックルを受けたわけではなく、左足をついた瞬間に膝が内側に入ってしまうのがわかると思います。
前十字靭帯の断裂は、上の動画のようにノンコンタクトでの受傷(膝が過度に内側に入ってしまう動き)が非常に多いです。
よって、前十字靭帯の怪我を防ぐためには、筋肉をガンガン太くして衝撃を和らげるというものではなく、神経系を鍛え、下肢をしっかりと自分でコントロールできるようになる必要があるのです。
前十字靭帯損傷予防トレーニング20選
まず大前提として、前十字靭帯の損傷予防トレーニングを定期的に行うことで実際に怪我の予防に繋がった、と示す研究は数多くあります。よって、以下で紹介するエクササイズをあなたのトレーニングに加えることで、確実に損傷リスクを抑えることができます。
前十字靭帯の損傷を予防するためには、様々な要素を鍛えるために、様々な種類のトレーニング(筋力トレーニング・プライオメトリクストレーニング・アジリティトレーニング・バランストレーニング・柔軟トレーニングなど)を組み合わせて行う必要があります。
どれか1種類のみのトレーニングをしていても、前十字靭帯の損傷をしっかりと予防することはできません。参考文献では、以下に挙げるトレーニングのうち「最低でも3種類」のトレーニングを取り入れるべき、と示しています。
それでは、トレーニングの種類をお伝えしつつ、今回の参考文献内で紹介されているオススメのトレーニングを、私が厳選して20個紹介していきます。
1)筋力トレーニング(Strength Training)
自分の体重や、フリーウエイト(ダンベル・バーベルなど)、もしくはジムなどにある筋トレマシーンを使って、筋力を高めます。
大切なのは「膝周りだけ鍛えれば良いわけではない」ということ。以下で紹介するように、体幹・股関節周りもしっかりと鍛えることで怪我予防につながります。
A)プローン・プランク(Prone Plank)
- 腕は肩幅で肘をつき、両足は拳一個分くらい空けた状態にする
- 頭からかかとまでが一直線になるようにキープ(20〜30秒くらい)
体幹トレーニングとしてとても有名、かつ基本的なエクササイズです。道具も使わずどこでもできるので、ウォームアップ内でも、ウエイトトレーニング内でも、どこでも取り入れやすいですね。
B)スクワット(Double-legged Squat)
誰もが一度くらいはやったことがある「スクワット」は、下半身の筋力を鍛える素晴らしいトレーニングの1つです。
最初は自分の体重のみで行い、慣れてきたら(=正しいフォームで行えるようになったら)ダンベルやバーベルを持って負荷をかけていきましょう。上の動画はバーベル(シャフト)を使った「バーベルスクワット」です。
正しいスクワットのやり方は「正しいスクワットのやり方を徹底分析!確認すべき12のポイント」の記事で詳しく解説しています。ぜひこちらもお読みください。
C)フォワードランジ(Forward Lunge)
- 両足を揃えた状態から、片方の足を大きく前へ踏み出す
- 膝をしっかり曲げて腰を落とす(後ろ脚の膝が床スレスレにくるところまで)
- 体はまっすぐ。胸を張って
- 前足でしっかりと地面を押して、最初の直立状態に戻る
動画ではバーベルを持っていますが、持たずに自重(=自分の体重のみ)でも充分に良いトレーニングとなります。
ランジに加えてツイストしたり、横に体を曲げたりして上半身のストレッチを加えるようなエクササイズもあるので、トレーニングとしてだけでなく、ウォームアップでの動的ストレッチとしても、この「ランジ」という動きは取り入れやすいです。
D)ノルディック・ハムストリング・エクササイズ
- 両膝立ちになり、両足を何かに引っ掛けて固定するか、誰かに押さえてもらう
- 膝から頭まではできるだけまっすぐをキープしながら、ゆっくり前に倒れていく
- ギリギリまで耐えて、耐えられなくなったら前にそのまま倒れる
- 両手で地面を押して、最初のポジションに戻る
強度高めのハムストリングのエクササイズです。
ノルディック・ハムストリング・エクササイズは「ハムストリングの肉離れ」の予防にも効果的なことがわかっています。「ハムストリングの肉離れの再発を予防するエクササイズ6選」の記事もぜひご覧ください。
2)プライオメトリクス・トレーニング(Plyometrics)
プライオメトリクスというのは、ジャンプトレーニングなどによって、爆発的な力を鍛えるようなトレーニングのこと。
前十字靭帯を損傷・断裂してしまうことが特に多いのが「ジャンプをした後の着地」なので、トレーニングにプライオメトリクスを加えることによって、身体に着地の仕方を覚えさせる(=身体をコントロールできるようにする)ことにも繋がり、前十字靭帯損傷の予防になります。
E)スクワットジャンプ
- 両足は肩幅くらいに開く
- 腕を後ろに振り下げながら、素早くスクワットをする
- 腕を一期の頭上に振り上げながら、真上にジャンプ
- 同じ場所に、足は肩幅で、スクワットをした状態でしっかりと着地
- つま先と膝が同じ方向を向いているように着地することを意識する
プライオメトリクストレーニングを行うときは、着地をしっかりと意識することが大切です。一番意識するべきは「両足のつま先と膝の向きが同じ方向にある」ということです。
安全な着地の仕方を覚えることで、スポーツ中に前十字靭帯の損傷を引き起こすような動きにならないようにします。
F)ブロードジャンプ
いわゆる「立ち幅跳び」ですね。スクワットジャンプと基本的には同じですが、真上に跳ぶのではなく、できるだけ前に、遠くに跳びます。前方への勢いがつくので、着地が少し難しくなります。
着地の際は、しっかりと足は肩幅で、つま先と膝が同じ向きを向くようにして、スクワットした状態で着地しましょう。
G)バウンディング
片足でのジャンプも練習しましょう。スポーツ中の動きでは、片足で跳んだり、片足で着地することもたくさんありますからね。最初は一歩一歩の歩幅は狭くても良いので、動きも身につけましょう。
慣れてきたら、スピードをつけて一歩一歩の歩幅を広くしていきましょう。
H)ラテラル・バウンド
横方向の片足でのジャンプと着地は、前十字靭帯の損傷予防として最重要と言っても良いと思います。
股関節(特にお尻の筋肉)を使ってしっかりと膝をコントロールして着地して、バランスをとりましょう。ずっと言ってきていますが、膝とつま先の向きが同じ方向になることを意識しましょう。
ジャンプトレーニングについては、ストレッチポール公式ブログの方でも書いております。「ジャンプトレーニング・ライバルよりも高く跳ぶための練習法10選|ストレッチポール公式ブログ(外部サイト)」もぜひお読みください。
3)アジリティ・トレーニング(Agility)
アジリティとは「敏捷性」のこと。止まった状態から加速したり、トップスピードで走っている状態から止まったり、まっすぐに走っている状態から突然方向を変えたりする能力を、このアジリティトレーニングによって鍛えます。
特に、突然の方向転換は典型的な前十字靭帯損傷・断裂のメカニズムのため、予防プログラムには必須のトレーニングと言えます。
I)フォワード・バックワードジョギング/スプリント
10〜20メートルの間を行ったり来たりするトレーニングです。前後の切り返しですね。最初はゆっくりとしたスピードで行いましょう。
切り返すところ(前に走っていたところから、後ろに走り出すところ)をしっかりと意識して行います。
リハビリの場合も、まずはゆっくりのスピードから行います。歩くくらいのスピードからでも良いでしょう。
予防としてトレーニングに組み込む場合は、スピードを上げて、切り返しもできるだけ早く実践的に行うとより良いですね。
J)Tドリル
- 10m毎くらいにミニコーンなどの印を置き、アルファベットの「T」を作ります
- まずまっすぐ10mスプリント
- コーンにタッチしたら横にシャッフル
- コーンにタッチしたら切り返して逆サイドまでシャッフル
- 真ん中のコーンにタッチしたら、バックペダルでスタート地点まで戻る
アジリティの能力テストとしてもよく使われるこの「Tテスト」は、アジリティのトレーニングにもなります。縦の動きと横の動きが一緒にできるので、ウォームアップの1つとして取り入れるのがおすすめです。
K)プラント・アンド・カット
- 5〜7ステップ斜めにジョグをし、外側の足で踏み込んで止まって、逆サイドへ
- ジグザグに走りながらそれを繰り返す
- 踏み込んで止まったときに、膝が内側に入らないように注意する(=前十字靭帯を損傷するメカニズム)
縦の動きと横の動きを行ったら、次は斜めの動きもやりましょう。最初はゆっくりのスピードで良いので、膝を軽く曲げて踏み込んで、逆サイドに方向転換をする練習をしましょう。慣れてきたら、少しずつスピードを上げます。
L)ラダートレーニング
動画に映っている黄色いハシゴのようなものが「ラダー」と呼ばれるトレーニングツールです。自分が思っているステップを、その通りに行うことができるようにする神経系のトレーニングです。
「思った通りのステップを体で再現する」ことが目的なので、ステップはなんでも良いです。YouTubeで「ラダー」と検索するとたくさん出てくるので、ぜひ。
ステップを覚えたら、次はできるだけ早く足を動かせるようになりましょう。
アジリティトレーニングについては、ストレッチポール公式ブログの方で「アジリティトレーニング30選【米アスレティックトレーナーが解説】|ストレッチポール公式ブログ(外部サイト)」という記事を書きました。こちらもぜひ読んでいただけたらと思います。
4)バランストレーニング(Balance)
バランス能力も、前十字靭帯の損傷を予防する重要な要素の一つです。片足でただ立つだけではなく、地面が不安定な場所でのバランス能力や、バランスを取りながら何か他のことができる能力などを鍛えていきます。
M)片足バランス+ヒップフレクション
- 片足でバランスをとる(まずは地面の上で始めて、できるようになったら動画のようなバランスパッドの上で行う)
- 逆足の膝を持ち上げて、もも上げのような体勢になり、バランスをとる(5〜10秒)
バランスパッドは、バランストレーニングやリハビリ系エクササイズを行う上でとても良いツールです。下で紹介する「インバーテッド・ハムストリング」も、このバランスパッドの上で行うとより難度が上がります。
N)ボスボール・片足バランス
- ボスボールの上に片脚で乗ってバランスをとる
- できるようになったら、動画のようにトレーナーが選手の見えないところで少し揺らす
上でバランスパッドを紹介しましたが、私が個人的にとても好きなのがこのボスボールです(バランスパッドの倍くらいお金がかかりますが。笑)。両面使うことができるので、動画のように平らな方を上にしてバランストレーニングもできますし、逆側の山になっている方を上にしてトレーニングもできます。
【追記】ボスボールを使ったおすすめトレーニングの記事書きました。「ボスボール(BOSUバランストレーナー)おすすめトレーニング8選」もぜひご覧ください。
O)片足バランス+ボールスローイング
- メディシンボールや野球ボール、テニスボールなどを持って壁から1〜2メートル離れたところで片足で立つ
- ボールを壁に投げて、跳ね返ってきたボールをキャッチする
自分のやっているスポーツがボールを使うものであれば、そのボールを使って行いましょう。動画で使われているボールはメディシンボール(重いボール)と呼ばれるトレーニングツールです。全身のパワーを鍛えるのに最適なトレーニングツールです。
P)インバーテッド・ハムストリング
- 両手を横に広げながら、片足でバランスをとって、逆足を後ろに上げる
- 頭から、上げた後ろ足のかかとまでが一直線であることを意識(猫背になったり腰を反ったりしない)
- 1秒ほど静止してバランスをとり、ゆっくり元に戻る
動的な柔軟性を鍛えながら、片足バランスも鍛え、さらに「ヒップヒンジ」と呼ばれる、どんなスポーツをする上でもとても重要な股関節の動きを習得できるとても良いエクササイズです。ぜひトレーニングに取り入れましょう。
5)柔軟性トレーニング(Flexibility)
いわゆる「身体の柔らかさ」も、前十字靭帯損傷の予防には重要な要素です。自分が行うスポーツの動きをするために必要な柔軟性がなければ、いざその動きをした時に関節に負担がかかり、怪我をしてしまう可能性があります。
怪我の予防プログラムには、静的ストレッチ(=Static Stretching)や動的ストレッチ(=Dynamic Stretching)を加えましょう。
特に柔軟性を高めるべき部位として「ふくらはぎ」「前もも(大腿四頭筋)」「もも裏(ハムストリング)」「股関節の前側(腸腰筋など)」「腰」が挙げられています。
Q)ふくらはぎストレッチ
- 四つ這い(もしくは腕立て伏せのポジション)からお尻を天井に向かって持ち上げる
- 片足のかかとを床に押し付けるようにして、ふくらはぎを伸ばす
- 逆脚の膝を曲げて緩めることで、よりストレッチをかける
ふくらはぎのストレッチのやり方は色々あるので、あなたの好きなストレッチで問題ないですが、私が個人的に好きなふくらはぎのストレッチがこの、ヨガの「ダウンドッグ」と呼ばれるポーズの状態でストレッチをする方法です。片足30秒ずつくらい行いましょう。
R)股関節屈筋群(大腿四頭筋・腸腰筋など)ストレッチ
- 横になって、床側の脚の股関節と膝を90°に曲げる(=骨盤が動きにくくなる)
- 天井側の足を持って、軽く後ろに引っ張ってストレッチ
ウォームアップの最初に使ってください。腰を反りずらい体勢なので、しっかりと股関節屈筋群をストレッチできます。
S)ハムストリングストレッチ
- 仰向けになって、膝裏を両手で掴み、膝を胸に引きつける
- 膝をしっかり固定した状態で、膝を伸ばしていく
- 2-3秒伸ばしたらリラックス。これを繰り返す
「ベントニー・ハムストレッチ」と呼ばれるストレッチです。
T)レッグオーバー(腰ストレッチ)
- 仰向けになり、両腕は横に広げる
- 片脚を持ち上げ、身体をクロスして下ろしてお尻〜腰をストレッチ
- 肩が地面から浮かないようにする
前十字靭帯損傷予防トレーニングをするべき頻度と期間
まず前十字靭帯の損傷予防のトレーニングを行うべき頻度について。
多くの研究結果をまとめると、これらのトレーニングはやはり週1回だけ行うよりは、週に複数回やったほうが、より身体をコントロールする能力や筋力などがつくということです。今回の参考文献では「週に2〜3回」行うことを推奨しています。
紹介したトレーニングすべてを1日で行う必要はないです。柔軟性トレーニングは、ウォームアップの種目として取り入れるとやりやすいでしょう。
プライオメトリクストレーニングやアジリティトレーニングは毎日できるものではないので、トレーニング日を設けて、集中して行いましょう。
今回紹介したトレーニングはすべて、前十字靭帯の損傷予防になるのはもちろんですが、普通に筋力アップやパワー向上などにも効果的なものばかりです。ぜひ参考にしていただけたらと思います。
次に「期間」についてですが、これも簡単に言えば、できるだけ長く継続した方が良いです。具体的に言うと、オフシーズン(試合がある期間ではないとき)からしっかりと予防トレーニングに取り組みます。
そして、シーズンが始まっても継続しましょう。もちろんその予防トレーニングにかける時間の長さは、オフシーズンやプレシーズンよりは短くなるかもしれませんが、完全にやめてしまうのではなく、週に2〜3回、1回15〜20分以上は前十字靭帯の損傷予防に効果的なエクササイズを行うべきでしょう。
まとめ
前十字靭帯損傷を予防するために効果的なトレーニングを20個紹介しました。特に前十字靭帯を損傷するリスクの高い人に該当する人は(もしくはそういう人を指導する運動指導者・トレーナーは)、ぜひ自分のトレーニングに取り入れてみてください。
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