アスレティックトレーナーとしてスポーツ現場で活動をしていると、肩関節の怪我を評価する場面に出くわします。

肩関節の怪我はたくさんありますが、現場で見分けられるようになるべき怪我の1つが「SLAP損傷(上方肩関節唇損傷)」です。

SLAP損傷を見落とした状態で選手をプレーさせ続けることは、他の部位の損傷を引き起こし、痛みの増加、手術〜復帰のプロセスの長期化、などにつながってしまいます。

今回は、米国アスレティックトレーナー協会が2018年に発表したポジションステイトメントを参考に、SLAP損傷が存在するかどうかを見極めるために使うべきスペシャルテストを紹介します。

「SLAP損傷」についてまず知りたいという方は「SLAP損傷とは?上方肩関節唇が損傷してしまう原因・メカニズム」の記事をお読みください。


>>今回の参考文献はこちらです。

  1. National Athletic Trainers’ Association Position Statement: Evaluation, Management, and Outcomes of and Return-to-Play Criteria for Overhead Athletes With Superior Labral Anterior-Posterior Injuries
    アスレティックトレーナーは必読の「SLAP損傷」に関するポジションステイトメントです。

SLAP損傷を見極めるスペシャルテスト6選

SLAP損傷の有無を見極める上で、必ず覚えておくべきスペシャルテストを6つ紹介します。

1)Anterior Slide Test(前方スライドテスト)

うまく肩関節の上方に力をかけることがポイントで、少しコツがいります。

  1. 選手はベッドや椅子に座る
  2. SLAP損傷が疑われる側の肘を曲げ、手を腰に当てる
  3. トレーナーはチェックする肩側に立つ
  4. 片方の手で、肩の上方をつかんで安定させる
  5. 逆側の手は、曲げられた肘を下外側から支える
  6. 上側&前側に肘を押して、肩関節を上前方にスライドさせる
  7. 選手は、肩が上前方にスライドしないように抵抗する

肩の前側に痛みが出たり、音(ポップ音・クリック音)が聞こえたらテストはポジティブ(=陽性)です。

2)Yergason Test(ヤーガソンテスト)

動きが少し複雑なので、1つ1つ手順を確認しながら練習してみて下さい。

  1. 選手はベッドや椅子に座る(もしくは立位でも良い)
  2. トレーナーは、チェックする肩側に立つ
  3. 選手は肘を90度に曲げ、親指を天井側に向ける
  4. トレーナーは、片方の手で肘を下から持ち、患者の身体の横に固定
  5. もう片方の手で、患者の手首を上からつかむ
  6. トレーナーは、肘が動かないように固定したままつかんだ手首を手前に引き、同時に患者の手のひらを天井側に向けようとする(=肩関節外旋&前腕の回外)
  7. 選手は、トレーナーに引っ張られないように抵抗する

肩関節の上側に痛みが発生したら、このテストはポジティブです。

3)Compression Rotation Test(圧迫回旋テスト)

上2つのテストと比較すると、動きがシンプルなのでやりやすいです。

  1. 選手はベッドの上で仰向けになる
  2. トレーナーは、チェックする肩側に立つ
  3. 選手は、腕を肩の高さで横に広げ、肘を曲げる
  4. トレーナーは、患者の肘と手首を持つ
  5. 肘を肩に向かって押しながら、肘の位置を変えずに、腕を前後に動かす(=肩関節内旋&外旋)

肩に痛みが発生したり、ポキポキと音がしたら、このテストはポジティブです。

4)Pain Provocation Test(痛み誘発テスト)

3)のCompression Rotation Testと形は似ていますが、Pain Provocation Testは、上腕二頭筋腱にストレッチをかけることで、関節唇に負荷を与えるテストです。

  1. 選手はベッド・椅子等に座る
  2. 腕を肩の高さまで真横に持ち上げ、肘を90度に曲げる
  3. トレーナーは、片方の手で肩を抑えて安定させ、逆側の手で前腕をつかむ
  4. 肩と肘を動かさずに、手の平が外側へ向くように前腕をひねる(=前腕の回内)
  5. 同じように、今度は手の平が内側へ向くように前腕をひねる(=前腕の回外)

手の平を外側へ向ける動き(=回内)で痛みが発生し、手の平を内側へ向ける動き(=回外)で痛みがなくなったら、このテストはポジティブです。

前腕の回内をすると上腕二頭筋がストレッチされるため、もしSLAP損傷があると引っ張られて痛みが出ます。

5)Anterior Apprehension Test(前方不安定感テスト)

肩関節の不安定性をチェックするテストとして有名なテストですね。

  1. 選手は仰向けになる
  2. トレーナーは、チェックする肩側に立つ
  3. トレーナーは選手の腕を持ち、ゆっくり肩の高さまで横から持ち上げ、肘は90度に曲げる
  4. 片手で手首を、もう片方の手で肘を支える
  5. トレーナーはゆっくりと肩を外旋させる

肩を外旋させていったときに、選手が「それ以上は動かしたくない!」といった反応を示した場合(グッと肩に力が入る・表情が痛そうな顔をするなど)、テストはポジティブです。

6)Biceps Load II Test(上腕二頭筋負荷テスト II)

4)のPain Provocation Testでは、上腕二頭筋をストレッチさせることで、上方関節唇にストレスを与えました。

このBiceps Load II Testは、上腕二頭筋に力を入れることで、関節唇にストレスを与えます。

  1. 選手は仰向けになる
  2. トレーナーは、チェックする肩側に立つ
  3. 選手の腕を持ち、肩関節を120度外転させ(=肩の高さを少し超える)、肘を90度に曲げる
  4. 前腕は回外させる(=手の平が選手側を向く)
  5. 選手に、肘を曲げるように言い、トレーナーはその力に抵抗する

肩に痛みが発生したらポジティブです。

Active Compression Test と O’brien Test は有効ではない

SLAP損傷を見極めるスペシャルテストとして有名な「Active Compression Test」と「O’brien Test」は、今回のポジションステイトメントで「SLAP損傷を見極めるテストとして有効でない」と示されました。

エビデンスレベルも「A」と一番高いレベルでの声明のため、SLAP損傷を見極める上で、この2つのスペシャルテストは使うべきではありません。

「触ると痛みがある」だけで判断してはいけない

アスレティックトレーナーやドクターなどの医療従事者が、怪我の評価で行うことの1つに「触診」があります。

触診とは、実際に痛みがある部位を触ってみて、腫れがあるか、圧痛があるか、などをチェックすることです。

選手が肩に痛みを訴えて、触ってみた時に「上方関節唇」あたりであった場合、それだけで「これは関節唇損傷だ!」と判断してはいけません。

また「肩を動かすと音が鳴る」といった訴えを選手から聞くことがあると思います。

確かにSLAP損傷で起こるサインの1つであることはありますが、これだけで判断することもやめましょう。

必ず上で紹介したスペシャルテストも組み合わせて判断することが大切です(詳しくは下記に続きます)。

SLAP損傷スペシャルテストの考え方

shoulder-palpation

SLAP損傷の有無をチェックするスペシャルテストは、上記した6つはしっかり覚えておき、アスレティックトレーナーや、スポーツ現場で活動する医療従事者の方は、ぜひ練習して覚えておくべきです。

「全部同じSLAP損傷を見極めるスペシャルテストなら、わざわざ6つも覚える必要あるの?」と考える人もいるかもしれませんが、6つ覚える必要があります。

ここからは、SLAP損傷に限らずですが、「スペシャルテスト」の考え方について、知っておくべきことを解説します。

スペシャルテストは必ず「複数」行う

SLAP損傷を見極めるためには、1つのスペシャルテストだけで判断するよりも、複数のスペシャルテストを使って判断したほうがより確実となります。

いくつかの研究によって、どのスペシャルテストを組み合わせてチェックするとSLAP損傷を確実に見極めることができるか、が調査されました。

  • 「Anterior Slide Test」+「ポップ音・クリック音がする」の組み合わせ1
  • 「Compression Rotation Test」+「Anterior Apprehension Test」+「Yergason Test」の組み合わせ2
  • 「Compression Rotation Test」+「Anterior Apprehension Test」+「Biceps Load II Test」の組み合わせ2

すべて1つの研究のみによって示された組み合わせなので、あくまで参考にということですが、複数のスペシャルテストでポジティブ(=陽性)が出た場合、よりSLAP損傷が疑われる、ということになります。

複数のスペシャルテストでネガティブでも完全に排除はできない

複数のスペシャルテストを行って、結果がネガティブ(=陰性)でも、だから「SLAP損傷ではない」と断定はできない、ことが研究によって示されています。

ある日複数のスペシャルテストを行って結果がネガティブだったとしても、SLAP損傷を完全に排除はせず、引き続き肩の痛みは症状を観察し続けましょう。

数日後まだ痛み・症状があれば再びスペシャルテストを行ってみたり、病院(整形外科)でドクターに診てもらうようにしましょう。

SLAP損傷以外の怪我をしている可能性もある

SLAP損傷は、他の怪我も一緒に併発することが多いです。

研究では、SLAP損傷を持つ選手の「72〜77%」が、SLAP損傷以外の怪我も併発していた、というデータがあります。

よって、例えば上で紹介したスペシャルテストでポジティブ反応が多かったとしても、その選手がSLAP損傷を持っているとは言い切れません。

理由は、これらのスペシャルテストでは、SLAP損傷以外の肩の怪我が起きている場合でもポジティブになってしまう可能性があるからです(これを「フォルス・ポジティブ=false-positive:偽の陽性反応」と言います)。

これが、痛みの部位やスペシャルテストによってSLAP損傷を判断するのが難しい理由です。

SLAP損傷を持つ選手が、一緒に併発している可能性が高い怪我は以下の通りです。

  • ローテーターカフの部分損傷・完全損傷
  • バンカート損傷
  • 肩鎖関節の怪我
  • 上腕二頭筋腱の怪我
  • 軟骨軟化症

よって、肩関節の怪我を評価する場合は、SLAP損傷だけではなく、様々な怪我の可能性があることを頭に入れてチェックを行うことが大切です。

まとめ

SLAP損傷を疑ったときに使うべきスペシャルテストと、スペシャルテストを使う上での考え方について解説しました。

アスレティックトレーナーとして活動する人が忘れてはいけないことは、「スペシャルテストは診断ツールではない」ということ。

あくまでもスペシャルテストは「評価ツール」です。実際に診断するのは医師であり、医師はスペシャルテストだけではなく、レントゲンやMRIといった「画像診断」も組み合わせて行います。

くれぐれも現場でのスペシャルテストだけで怪我・病気を判断せず、疑われたらしっかりドクターに見せて診断してもらいましょう。

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